第5話 転機
ハヤマとナカムラに初めて会ってから五年が過ぎたころ、母が亡くなった。
城の裏手にある王族の墓所の片隅に、とても小さい墓が建てられた。
王の本妻は、墓を置いてもらえるだけでもありがたいと思え、と、レイファーに嫌味のように言ったけれど、確かにありがたいと思えた。
小さくとも、母がそこに眠っているとわかるだけで安心だったからだ。
これまでの待遇を思えば、どこかに打ち捨てられてもおかしくなかったのだから。
レイファーは十二歳になり、以前と比べて体も大きくなった。
ハヤマとナカムラに言われた通り、兄たちにも歯向かうことなくやり過ごし、卑劣な行為はだいぶ減ってきた。
この年、森に来たのはハヤマだけで、ナカムラは出産でこれないと聞いた。
誰かを伴ってきているようだけれど、レイファーと顔を合わせることはなかった。
あるとき、王に呼び出され、ルーンに連れられて私室へと案内された。
向き合った王は、変わらず妙な威圧感で、どうにも近寄りがたい。
兄たちにも、こんな態度なのか、それともレイファーにだけ冷たくて、ほかには愛情深い態度で接しているのか……。
「……いくつになった?」
最初の一言は、それだった。
「十二歳です」
王はレイファーに
呼び出しておいて、聞きたかったのはそれだけなんだろうか?
黙ったままでいる王に苛立ちを覚えた。
資料を読んでいた目が、またレイファーに向いた。
「これからどうするつもりでいる?」
どう……と聞かれても、なにを答えればよいのかわからない。
戸惑いを感じて答えられずにいるレイファーに、王はまた問いかけてきた。
「おまえの母は亡くなった……ほかの兄弟たちと違って後ろ盾と呼べるものもない。これからここで、どう暮らしていくつもりでいるのだ?」
「俺……わたしは、この国の軍に身を置きたいと思っています」
レイファーは王の目を見返して、はっきりと、そう伝えた。
「そうか。ならば今後はそのルーンを頼れ。手続きや軍に籍を置く時期は、すべてルーンが整える」
「はい」
それきり、王がレイファーを見ることはなく、ルーンに促されて部屋へと戻った。
ルーンは、十二歳ではまだ早すぎるといい、二年後の十四歳になったときに、籍を置く手続きを取るという。
それまで体を鍛えながら、戦いかたを学べるようにと、ほかの兵たちの訓練にも参加できるようにしてくれた。
兄たちの誰もが軍にはなんの興味もないせいか、兵たちはレイファーが訓練に参加したことに困惑し、良くない顔をみせていた。
単なる興味本位で来ただけだと思われたのか、ろくに稽古をつけてもらえない。
王の取り仕切っている軍だけに、レイファーの扱いに慎重になっているのだろうか。
ハヤマとナカムラに教わっていても、一年にたった二日だけでは、強くなどなりようがないと思う。
一人で鍛錬を続けるにも限界はあるし、なにより自分が正しく鍛えられているのかがわからない。
それを知りたくて、レイファーは言われずとも軍に顔を出すようになった。
相手にされなくても、邪険にされても通い続けたおかげか、だんだんと兵たちとも親しくなり、半年が経つ頃には訓練にも参加させてもらえるようになった。
先ずは体を鍛えるように、といわれて筋力をつけるトレーニングを教わった。
その内容は、ほとんどがハヤマに教わったことと同じで、簡単にこなすことができた。
「レイファーさま、まだ十三歳でありながら、ずいぶんとあっさり訓練をこなしていますが……なにかご自身でなされているのですか?」
あるとき、小隊の隊長をしている兵のチャールズに、そう問われた。
「早く強くなりたくて……部屋の中でできるトレーニングとか、ランニングをするようにしています」
「なるほど……ですが、なぜそんなことを? 一体、いつから続けているんです?」
「え……と……十歳になってから……です」
本当はもっと前からだったけれど、なぜそんなことを続けているのか、と聞かれたとき、答えに困ると思ってごまかした。
ハヤマとナカムラのことは、言うわけにはいかない。
「そうでしたか……」
チャールズは少し考え込むようなしぐさを見せてから、レイファーの肩に触れた。
「もしや、そのころから軍に入ることを考えていらっしゃったんですか?」
「俺……は……ずっと襲われることが多かったから……」
咄嗟にそう答えたけれど、レイファーが狙われていることは、兵たちの多くが知っていたようで、チャールズは初めて納得がいった、という顔をみせた。
知っていて、誰もなんの手助けもしてくれなかったことに、少なからずショックを受けたけれど、今はそれはどうでもいい。
自分の糧になるのなら、うまく兵たちを利用してやろうという、ずるい考えが頭をかすめた。
「だから、一日でも早く強くなりたいんです! いろいろと教えてください! お願いします!」
深く頭をさげてチャールズに懇願した。
その姿をみた兵たちは驚いたようにざわめいた。
王の子であるレイファーが下手に出るとは思わなかったと、あとになってから聞いた。
それからは、チャールズのもとで、兵たちとともに様々な訓練に参加することになった。
レイファーより年上だけれど、よく気にかけてくれて、親しく接してくれる兵も何人かできた。
毎日がやることでいっぱいで、忙しいながらも充実感で満たされていた。
ふと、グエンのことを思い出すときもある。
別れたときから七年も経ってしまった。
毎年、あの森へ向かうときも帰るときも、近隣の村や街に立ち寄って探してはいるけれど、どうにも見つけることができない。
グエンの外見は、父親の血が強かったのかロマジェリカ人そのものだった。
ひょっとすると、ジャセンベルでは生きにくくて、ロマジェリカに行ったんだろうか?
だとすると、レイファーには探しようがない。
今は自分にできることを増やしていって、いずれはロマジェリカにも堂々と行かれるくらいにならなければ。
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