第4話 やるべきこと
毎年、ハヤマが残していく書き付けには、『毎日やるべきこと』がひとつづつ増えていった。
ナカムラのほうも、枝落としや剪定などといった木々の管理を、レイファーにわかりやすく教えてくれた。
剣術も少しずつではあるけれど、確実に身についていっている。
知識が増えて腕が上がってくるのがわかると、覚えることのなにもかもが、面白く感じた。
この国のあちこちに、緑を増やしていくことができるんじゃあないか、そう思う。
大陸はあちこちが荒れていて、緑も動物も減り続けている。
田畑も荒れて作物も育ちにくくなっているのか、食料が不足している地域も多い。
最近では、やけに強い風が砂を運んできて、ますます荒廃している気がしていた。
レイファーは、緑や実りのある土地を増やす方法を考え始めていた。
それでも、まだ大人とは言えない年齢でもあり、これだという案は思い浮かばない。
「ナカムラ、この森は少しずつ大きくなっているけど、ほかの土地でもこんなふうに緑を増やせるのかな?」
「そうねぇ……この国は、荒れているといっても、まだそう酷くはないと思うんだけど……」
「難しいと思う?」
ナカムラは腕を組んで考え込んでしまった。
最初に会ったときにも、同じことを聞いたけれど、そのときもハヤマとナカムラは難しい顔をみせた。
難しい、と一言いわれて終わりだと思っていたのに、こんなに考え込むのはなにかあるからだろうか?
「あんた、本当に緑を増やしたいと思うのよね?」
「うん! できることは少しかもしれないけど、自分の手でこの森みたいに増やしていきたい!」
「そう……だったら、先ずは偉くなりなさい。どんな形でもいいから、上に立つ人間になるの」
子どもや、なんの地位もない人間がやろうとしても、人は簡単には手を貸してくれないという。
村や街でも上の立場に立てる人間になれば、力を貸してくれる人が増えるだろう、と。
今すぐに荒れた土地をどうにかしようとしても、簡単には行かないのだから、焦らずにすべきことを一つずつクリアしていくのがいい、ナカムラだけでなく、ハヤマもそういった。
「それから、信用のできる人を、身近に多く作りなさい。そういう人たちが、あんたの思いを必ず汲んでくれるからね」
信用のできる人――。
そんな人間が、あの城の中にいるだろうか?
レイファーにとっては、信用ができるのはルーンくらいだ。
それに、上の立場になるということは……。
姑息な兄たちの誰かが、父のあとを継いだとき、自分が無事でいられるとは思えない。
レイファー自身は、一応はあとを継げる立場にある。
(だったら……狙うのは……)
やるべきことが、薄っすらとわかった気がする。
やれるかどうか、それはこれからの自分の行い次第だ。
「それはそうと、未だ命を狙われるようなことはあるのか?」
不意に、ハヤマはそう聞いてきた。
「最近は……部屋にこもっていることが多いから、あまりないかも……」
「あまり、ということは、まだあるんだな?」
うなずくレイファーの頭を、ハヤマは優しく撫でてくれた。
それが妙に嬉しい。
「では、一つ、忠告をしておこう」
ハヤマとナカムラは、視線を交わしてうなずき合っている。
二人とも、これからいうことは必ず守るように、という。
まだなにも聞いていないのに、なぜそんなことをいうのか疑問に思いながらも、レイファーはうなずいてみせた。
「少し剣術を使えるようになったからといって、むやみにそれを使わないように」
「えっ……でも……立ち向かうために剣術を教えてくれたんじゃあないの?」
「確かにそうだ。けれど、おまえの剣術は、まだ立ち向かえるほどの技術ではない」
「少しかじったくらいでは、人を殺すことになんのためらいもないような人間には通用しないのよ」
そう言われてみると、確かにそうだ。
それに相手が銃を持っていたら、剣では太刀打ちできっこない。
「今はまだ、己を鍛えることだけに注力するんだ」
「そうね。強くなると使いたい気持ちになるのはわかるけど……あとね、あんたを邪魔に思っているお兄さんたち? そいつらにも、今は下手にでて、あんたが無害な人間だと思わせておきなさい」
「なんで? やられてもやり返さないで、そんなふうに逃げなきゃいけないの?」
「逃げるのではない。今は『やり過ごす』だけだ」
「ハヤマさんのいう通りよ。無益な争いに巻き込まれ、なんの縁もないものと無駄に命を奪い合うくらいなら、そうやってやり過ごすのが得策なのよ」
「敵わないのに立ち向かい、命を落としたら……そこですべて終わりだろう?」
「でも……」
「焦らなくても、あんたはこれから、ゆっくり強くなっていく……それに、これから緑を増やしていってくれるんでしょう?」
期待しているんだから無理はするな、二人はそういう。
そんなふうに言われてしまうと、聞かないわけにもいかない。
「レイファー、私たちはもう行かねばならない。会うのはまた来年になるが、それまで無事で過ごせ」
「はい」
手帳に新たな一文を加えて、ハヤマはそれをレイファーに差し出してきた。
来年また会うまで、粛々とこれをこなすだけだ。
二人に見送られて森を離れ、城へと戻る。
裏門からこっそりと馬屋へ向かい、馬を繋いで部屋へ向かう途中、表門のほうからざわめきが聞こえてきた。
身を隠しながら表門をみにいくと、王と軍の兵たちが、戦争から戻ってきたところだった。
どうやら庸儀の軍を倒して、新たな領土を得たらしい。
堂々と城門をくぐる王の一団を眺め、高揚している自分に気づく。
偉くなれ、信用できる人を身近に多く作れ、そういったナカムラの言葉が胸をよぎった。
(もしかすると……あの中に、求める人がいるのかもしれない……)
王の目が城の一角を見つめ、フッと表情を緩めた。
いつも不機嫌そうな顔しか見ていない。
なにを見て、あんな顔をみせたのか気になり、王の見た辺りに視線を移した。
「母さん……」
城の小窓から、祈るように両手を組んだ母の姿が見えた。
まさか、王は母の姿をみてあんな顔をしたのだろうか?
母はいつでも、ああやって王が出かけるときも、戻るときも、無事を祈っている。
母は父を愛しているんだろうか? 父も母を愛しているんだろうか?
それでレイファーが産まれてきたんだろうか?
王から愛情を感じることはない。
それに、愛し合っていたのであれば、なぜ母はあの森で暮らしていたのか。
レイファーにとっては、なにもかもがわからないことだらけだ。
それでも、今日、自分がこれからどうするべきか、少しだけわかった気がする。
そこへ向かって、今はただゆっくりと歩むだけだ。
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