第3話 再会

 レイファーは城を抜け出すときに、あらかじめ訓練用の剣も荷物と一緒に、馬の背に積んだ。

 これを持っていけば、ハヤマに剣術を教わるときに、困らずに済む。


 ハヤマたちと別れてから一年のあいだ、レイファーは貰った手帳に記されたことを、ずっと続けていた。

 その中に、なるべく人目に触れず、息をひそめるようにして日々を過ごすように、とあった。

 

 半年ほど経ったころ、自分の体つきが変わってきた気がして、レイファーは、思い切って反撃に出てみようと考え始めていた。

 けれど、この手帳に書かれていることは、それを止めようとしているふうに読み取れる。

 それに、コソコソと隠れるように暮らして、なにが変わるというのか。


 ジレンマを感じながらも、まだ剣をうまく使うことはできないし、反撃して失敗したときのことを考えると、ハヤマの書きつけに従うしかない。

 城内で誰かが剣を教えてくれることなどないだろう。

 レイファーと母に良くしてくれるのは、王の従者である、ルーンだけだ。


 結局は書かれた通り、大人しく目立たないようにしていた。

 ハヤマが書いてきた運動は、室内でできるものが多く、部屋にこもっていてもなんの問題もない。

 走り込みだけは外へ出なければならず、夜明け前の薄暗い時間に、コッソリと城の周りを走った。


 出かける前にレイファーは、あの森へ行ってくることを母に伝えた。

 伯母が亡くなっていることも、グエンがいなくなってしまったことも話した。

 母にはショックが大きかったようで、未だに気落ちして臥せったままだ。


「それじゃあ、行ってくるね。三、四日は帰れないけど……なるべく部屋にいるようにしてね」


「レイファー、ゴメンね……私も行かれれば良かったのだけれど……」


「ううん。いいよ、一人で。それより本当に気をつけて過ごしてね」


 父の正妻や母以外の側室たちにとって、レイファーだけではなく、当然のことながら母も邪魔なようで、嫌がらせと呼ぶにはひどすぎる扱いを受けている。

 一人にするのは心配だけれど、同じようにグエンも心配だ。

 それに、今年はハヤマたちに会うという目的もある。


 昨夜のうちに馬屋から城の裏門に繋いでおいた馬にまたがり、あの森へと向かった。

 来る日付は聞いていないけれど、去年、出会ったときの前日に着くように出かけた。


 前のときには、うろ覚えの記憶を頼りに、あちこちをうろついたけれど、今度は迷うことなくたどり着いた。

 だからなのか、掛かる時間も大幅に短縮されて、近くの街で食べものを買ってくる余裕もあった。

 今度は馬を連れたまま、小屋の前までやってきたけれど……。


「まだ、誰もいないみたいだ……」


 小屋の中はレイファーが使ったときのままで、埃っぽさに窓を開けて空気を入れ替えた。

 グエンはやっぱり戻ってきていないのか。

 かつて母たちが使っていたキッチンも、あちこちが錆付き、使えそうもない。

 水道は通っているけれど、蛇口をひねると赤茶けた水が出てきた。


「こんなんじゃあ、飲めないな……」


 仕方なく水筒を手に、近くの川へと水を汲みに出かけた。

 そのまま森の中を探索しながら歩き、食べられそうな木の実を山ほど取って戻ってきた。


 ハヤマとナカムラがくるのは、やっぱり去年と同じで明日なんだろうか?

 小屋の中を掃除して泊まれるように寝袋を敷いてから、伯母の墓の周りも奇麗にして、花を供える。

 そのあとは、小屋の前でいつものようにハヤマの書き付け通りの稽古をした。


 一年で、少し背が伸びた気がする。

 ペンを手にして柱を背に立つと、そのまま頭の高さにしるしをつけた。

 これで、来年きたときに、どれだけ伸びたかわかる。


 ハヤマもナカムラも、まだ姿を現さない。

 陽が落ちて辺りが茜色に染まり始めた。

 シンと静まり返った中、レイファーは食事を済ませると、早々に眠りについた。


 夢の中で、母と叔母が笑っている。

 グエンも一緒にいて、うさぎを捕るために仕掛けた罠を見に、手を繋いで走る。

 目の前に馬群が現れて立ち止まると、馬に乗った男に腕を掴まれ、レイファーは馬の背に乗せられた。

 繋いでいたグエンの手が振りほどかれ、馬が走り出す。


 そのまま連れ去られるレイファーの耳に、グエンの呼ぶ声が届いた。

 レイファーもグエンを必死に呼ぶけれど、思うように声が出ない。

 振り絞るように出した自分の声で、目が覚めた。


「夢か……」


 もう三年も経つというのに、たった今、感じたような恐怖心で体が震える。

 寒気を感じて寝袋にもぐり込み、体を丸めて暖かくなるのを待つ。


 しばらくすると、遠くから人の話し声が聞こえてきた。

 レイファーは飛び起きて、小屋の外へと出た。


「ハヤマ! ナカムラ!」


 木々の向こうから苗木を担いでやってくる姿を見つけ、レイファーは駆け寄った。


「レイファーじゃあないの。驚いたわ。本当に来たのね?」


「当り前じゃあないか! 約束したんだから!」


 ハヤマもナカムラも、荷物がとにかく多い。

 苗木は全部で五本あった。

 レイファーも運ぶのを手伝い、森の外れまでとやってきた。


「あんた、ここへは今日来たの?」


「ううん。昨日のうちにきて、去年と同じで小屋に泊まったんだ」


 ハヤマはレイファーの頭のてっぺんからつま先まで見ると、頭をグリグリと撫でてきた。


「しっかり鍛えたようだな。それに、背も少し伸びたようだ」


「うん、ちゃんと貰った手帳にあったこと、毎日やった」


「そうか」


 満面の笑みを浮かべたハヤマは、大きな声で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る