第2話 約束

 ナカムラとハヤマは、レイファーにいろいろなことを教えてくれた。

 二人はキャンプをして過ごすようで、近くにテントを張っているという。

 日が暮れてから、レイファーは二人に夕飯をごちそうになった。


 朝を迎え、早い時間にまた植物のことを教えてもらった。

 剪定のやりかたや、間引きのやりかた、実がついたときの手入れや、寒い季節に木を守るため、小さな木には藁を巻いてやるなど、様々なことを。


 あっという間に昼になり、レイファーはまた食事をごちそうになった。

 申し訳なくて断ったけれど、ナカムラは「子どもは遠慮するものじゃあないわよ」といって、多めに食べさせてくれた。


「遅くなると危ないから、ここまでで帰りなさい」


「はい。ありがとうございました」


 二人は来年も来るから、気が向いたらまたおいで、といってくれた。

 どうせここへは、また来る。

 来年も必ず来ると約束して、レイファーは森の外れに向かった。


 馬を繋いだ木がみえたところで、パンパンど乾いた音が響き、レイファーは襟首をつかまれ、引き倒された。

 見あげた視線の先には、険しい顔をしたナカムラがいる。

 レイファーの頭の横に膝をつき、体を低くして身構えていた。


 レイファーのほうを見ることもなく「大丈夫?」と聞いてくる。

 転ばせたのは、そっちじゃあないか、そう思いながらも黙ってうなずいた。


「ハヤマさん! レイファーは無事よ!」


「承知」


 ハヤマの声が聞こえて、金属のぶつかり合う音が響いた。

 ああ、またか。

 誰にも見咎められずに出てこられたと思っていたのに。


「あいつらが狙っているのは、俺です。あなたたちは、逃げてください」


 レイファーが体を起こして追っ手を確認しようとすると、ナカムラはクスリと笑った。


「勇敢なことだねぇ。でも、心配はいらないよ」


 ナカムラに手を引かれて、立ちあがったレイファーが見たのは、大柄の男が五人、倒れ伏していて、見たことのない武器を手にしたハヤマが、こちらを振り返ったところだった。


「……し、死んでるんですか?」


「生かしておいたほうが良かったか? そうすると、坊主の命が失われることになるが?」


 ハヤマが手にしているのは、剣だろうか? やけに細長い。

 それを鞘に収めると、レイファーのほうへ近づいてきた。


「自分が狙われていると、なぜわかった?」


 そう聞かれて、どう答えたらいいか迷った。

 命を狙われるのは、これが初めてではないけれど……。


「いつものことだから……です」


「いつものことですって? あんた、まだ子どもじゃあないの。命を狙われるような、なにをしたっていうのよ?」


「……邪魔だから」


「ん?」


 ハヤマとナカムラは、互いに顔を見合わせてから、腰をおろしてレイファーと目線を合わせた。


「一体、誰があんたを邪魔だなんていうの? ご両親がそうおっしゃった?」


「坊主、通常は子どもが命を狙われるなんぞ、あってはならない。どういうことなのか、教えてくれないか?」


「父の……俺の兄ぎみたちのお母さんが……」


 二人はもう一度、顔を見合わせてから、ハヤマがレイファーの肩に手を置き、顔をのぞき込むようにして見つめてきた。


「坊主、今、歳はいくつだ?」


「七歳……」


「そうか……」


 ハヤマはレイファーの頭をクシャクシャと撫でると、真顔で問いかけてきた。


「坊主はこの先も、命を狙われることがあると思うか?」


 どうしてそんなことを聞くのか。

 ナカムラも、レイファーを見つめたままだ。


「ある……と思います」


「そうか。では、あそこに倒れているやつらを倒せるくらい、強くなりたいか?」


「え……?」


「来年、植物のことだけじゃあなく、坊主に剣術も教えてやろう」


「剣術を……?」


 二人は大きくうなずいた。

 来年までは、どうあっても来ることができないけれど、来年、レイファーが無事にここへ来ることができたら、襲われたときにも対処できるくらい、鍛えてやろうという。


「それを学べば……俺は強くなれますか?」


「そうねぇ……それはあんたの、やる気次第、ってところじゃあないかしら?」


 ナカムラは肩をすくめて笑ってみせる。

 思わずレイファーも笑ってしまった。


 二人を信じていいのかわからないけれど、どうせ周りは敵ばかりだ。

 黙ったまま殺されるのは、嫌だ。

 抵抗できるだけの力が手に入るのならば、剣術を学んでみよう。


 ハヤマは手帳を取り出すと、なにかを書きつけてから、レイファーにくれた。

 それには、植物の手入れをする方法が細かく書かれている。


「見るのは、そこじゃあない。もっと後ろだ」


 言われた通り、後ろへページをめくっていくと、体を鍛えるためにやるべきことが書かれていた。


「来年まで、それを重点的にやっておくといい」


「はい!」


 二人に見送られて森を発ち、レイファーはこっそりと城へと戻った。

 翌日、無事でいるレイファーの姿をみた、兄ぎみたちと、その母親たちは、憎々し気な目で睨んできたけれど、これまでのような恐怖は感じなかった。

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