レイファー・フロリッグ

第1話 森の中

 近衛兵の目を盗み、馬を走らせた。

 城を離れて林の中を駆け、川をいくつも渡った。

 丸一日をかけて、やってきたのは……。


 森の入り口で馬を繋ぎ、奥へと走った。

 やがて、かつて住んだ小屋がみえてきた。


「グエン! おばさん!」


 扉を開くも、中はガランとして人の住んでいる気配がない。

 走ってきて乱れた息を整えて汗をぬぐい、小屋から出て周辺を歩き回った。

 小屋から少し離れたところに、最近、作られたような墓がある。


 立てられた墓標には、伯母のイニシャルが小さく彫ってあった。

 その根元に添えられた花は、もう枯れてしまっている。


「グエン……グエンはどこに行ったんだろう……」


 小屋に住んでいる様子はない。

 まだ四歳だというのに、一人で生きていくのは無理に決まっている。

 近くの街で、誰かの家に世話になっているんだろうか?


 確か、母親や伯母、グエンと一緒に、買いものに出かけた街が近くにある。

 親を亡くしたグエンを憐れんで、誰かが引き取ってくれているかもしれない。

 レイファーは走って馬に戻ろうとした。


 ふと見ると、森の外れの辺りに人の姿がある。

 ひょっとすると、グエンのことをなにか知っているかもしれない。


 聞いてみなければ、と、人のいるほうへと走った。

 近くまで来ると、いたのは二人で、穴を掘って苗木を何本も植えていた。


「あの……こんにちは」


 レイファーが声をかけると、二人は苗木に土をかけて、しっかりと立たせてから、こちらを向いた。

 二人とも、顔の半分を覆うくらいの布を首に巻いている。

 一人は女の人で、一人はお爺さんのようだ。


「こんにちは。坊や、この辺りの子?」


「あ、いいえ。あの、でも……その小屋に住んでいた人のこと、なにか知りませんか?」


 女の人のほうは心当たりがないのか、首をかしげているけれど、お爺さんのほうがレイファーに答えた。


「ああ、そう言えばしばらくは誰かが住んでいたようだが……去年、来たときにはもう誰もいなかったよ」


「そうですか……どこへ行ったかは……」


「さぁ……? すまないけど、それはわからない」


 去年にはもういなかった、ということは、そのころには、伯母さんは亡くなっていたのかもしれない。

 ここへ来るのに、一年以上も経ってしまった。

 やっぱり、遅すぎたんだろう。


「ここへ住んでいた人は、知り合いだったの?」


「お母さんの、お姉さんと、従弟が住んでいたんです」


「そう。なにもわからなくて、ごめんなさいね」


 女の人は、本当に申し訳なさそうにいう。

 レイファーのほうが、申し訳ないような気持になった。


 女の人もお爺さんも、大きなスコップを手にしている。

 そういえばさっき、苗木を植えていた。

 森があるから、ここに植えると木が育つんだろうか?


「あの、ここに木を植えているんですか?」


「ああ、これ? そうよ。この辺りの木は、私たちが植えたの」


「へぇ……」


 この森は、木の実がなる木が多い。

 おかげで、レイファーたちが暮らしていたときも、わずかながら食べるものが手に入り、ありがたく思っていた。

 それを伝えると、二人は優しそうな目をした。


「荒れた土地だけど、意外と育つのよ。食べてもらえてよかったわ」


 女の人がフフッと笑って森を眺めている。

 この人たちは、こうやって森の木を増やす仕事をしているんだろうか?


「ほかの場所でも、こんなふうに育てられる?」


 レイファーが聞くと、二人は困ったように眉をさげた。


「どうかな? この辺りはまだ、放っておいても育つが……ほかの場所では、手入れがいるかもしれないな」


「そうね。本当なら、ここも手入れがいるくらいなんだし……」


 やっぱりそうなのか。

 手入れが必要だとして、それはレイファーでもできることなんだろうか?

 この森が豊かになったら、グエンが戻ってきても、レイファーと一緒に暮らしていけるんじゃあないか?


「手入れ、俺にもできますか? それとも難しいんですか?」


「難しいことはないが……根気はいるだろうな」


「なに? 坊やが手入れをしてくれるの?」


「できるなら、やってみたいです!」


 ジャセンベルは草木のないところが多い。

 どんどん、そういう場所が増えている。

 だからなのか、動物も減ってきたような気がしていた。


 ここでグエンを待ちながら、少しずつ木の実のなる木を、増やしていければ……。

 いつグエンが戻ってきても、ここで暮らせるくらいになれば……。


「それじゃあ、私たちが坊主に手入れの方法を教えてやろうか?」


「お願いします! 毎日は来られないけど……教えてください!」


「毎日、来る必要はないよ。私たちも、ここにいられるのは二日間くらいなんだからね。それから……ここへ来ることと、私たちのことは、誰にも言ってはいけないよ」


「誰にも?」


「そう。ご両親だけじゃあなく、ご家族の、誰にも。この作業は、誰にも知られてはいけないんだ。わかるかね?」


 お爺さんは、そういう。

 良く見れは、ジャセンベル人ではなく、泉翔人に似ている。


 ジャセンベルでもそうだけれど、ほかの国でも、泉翔人の容姿をした人たちは、差別にあっていることが多い。

 二人とも、きっとそういう中で暮らしているんだろう。


 きっと、ひっそりとあちこちを巡って、少しずついろんな場所に植えているに違いない。

 そうしないと、ジャセンベルの役人に邪魔をされたりするんだな、と思った。

 だから、二日しかいられないんだ。


「おうちは、ここから近いの?」


 女の人に聞かれ、レイファーは答えに困った。

 ここからは、だいぶ遠い。


「ちょっと……遠いんです。だから今日は、小屋に泊まります」


「そう? でもあの小屋、寝泊まりなんてできるのかしら?」


「はい!」


「それなら、そうしたらいいわ。私は、ナカムラというの。こちらは、ハヤマさんよ」


「俺は……レイファーといいます」


 二人の名前を聞いて、やっぱり泉翔の血を引く人たちなんだ、と思った。

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