第6話 うまくいかない

 会議室へ続く階段を上がり切ったところで、もう揉めている声が響いてくる。

 麻乃は思わずため息を漏らした。


「また鴇汰か……」


「なんだか揉めているみたいだねぇ……」


 麻乃の隣で梁瀬が苦笑しているのをみて、笑いごとじゃあないのに、と思った。

 一体、なにが気に入らないというのか、鴇汰はやたら麻乃と修治に噛みついてくることが多くなった。


「まあ……あたしが最後の地区別演習で絡んだのもあるんだろうけど……演習でもだいぶやり込めたし……」


「麻乃さん、何度も鴇汰さんとやり合っていたもんねぇ」


「でもさ、あたしだって鴇汰に何度もやられたんだよ? あんなにやるヤツだと思っていなかったよ」


 蓮華の演習で対峙して、あまりにも腕が上がっていて驚いたし、素直に凄いと思ったけれど、鴇汰のほうはそうじゃあなかったんだろうか?


「でもまあ、鴇汰さんの気持ちも、なんとな~くわかるけどね」


「そうなの? なんで? あいつが一体、どんな気持ちだっていうの?」


「それは……麻乃さんもそのうち気づくよ」


 梁瀬はそう言い残し、会議室のドアを開けると、鴇汰を止めに入っていった。

 麻乃もそのうち気づく……?

 気づくなら、たった今、気づきたい。

 揉め事ばかりでイライラしてくるから。


 鴇汰と穂高が蓮華として動き出してから半年ほどたったころ、麻乃は珍しく鴇汰と一緒に南浜の持ち回りになった。

 だいたい、いつも修治と一緒で、ほかの誰かと組むことは少ない。


 鴇汰と一緒じゃあ、また変な言いがかりをつけられるんだろうか?

 そう思いきや、意外に鴇汰は大人しい。

 喧嘩でもして険悪になったときに、万が一にも襲撃があったら、うまく連携も取れないんじゃあないかと心配していたけれど、どうやら大丈夫らしい。


 中央で会議があるときには、いつも不機嫌そうな顔をしているのに、南区では妙に機嫌がよさそうにもみえた。

 麻乃に対してもまるで普通の態度だ。

 変なやつ……そう思いながらも、言い合いをしないで済むのは嬉しかった。


「麻乃隊長、今日は食堂休みだってんで、俺たち銀杏坂まで飯食いに行きますけど、隊長はどうします?」


 ある日の夕方、隊員の川上かわかみが誘いに来た。


「みんな行くの?」


「いや、全員じゃあないですけど……半数はいますかね」


「多いねぇ……大所帯で入れるところ、あるかな?」


「大丈夫ですよ。みんなそれぞれ、食いたいもん食いに、ばらけますから」


「そう? それじゃあ、あたしも行こうかな」


 今のところは大陸からの襲撃もなく、穏やかな日が続いている。

 それでも、日常の中に小さな諍いはいくつもあり、今日も銀杏坂いちょうざかで早い時間から酔って暴れているやからたしなめたりした。


 どこの歓楽街にも羽目を外すヤツは多くいる。

 麻乃はそんなとき、率先して止めに入るからか、花街はなまちねえさんたちや店の女将に好かれやすい。

 お礼を言われて誘われるときは、できるだけ伺うようにしている。


「ところで今、鴇汰ちゃんは南区にきているのよね?」


――


 やけに馴れ馴れしい呼びかたに、スッと嫌な感情がよぎった。


「あ……うん、来てるよ。来週いっぱいまでは、南区に詰めてるけど……」


「あらぁ、そうなの? ちっとも顔を出してくれないんだもの。うちの女の子たちが寂しがっちゃって」


「あいつ、よく来るんだ?」


「そうねぇ……うちだけじゃあないけれど。今回、どこにも顔を出していないみたいなの」


「へぇ……」


「麻乃ちゃんからも、顔を出してくれるように伝えてもらえる?」


 食事の支度をしながら、女将と姐さんが拝むように訴えてくる。

 麻乃は仕方なく「一応、伝えておくよ」と答えた。

 食べながら、一緒にいる隊員たちにも聞いてみる。


「ねえ、鴇汰ってそんなに歓楽街に顔出してるの? あんたたち、なにか聞いてる?」


 一緒にいた川上や岡山おかやま立橋たてはしたちは互いに顔を見合わせて、バツが悪そうに笑った。


「まぁ、噂なら……少しですけど……」


「噂って、どんな噂よ?」


「んー……ここだけじゃあなくて、花丘はなおかでも柳堀やなぎぼりでも、ずいぶん通い詰めているとかなんとか……なぁ?」


「さすがに東区では行っていないみたいですけど、けやき沼なんかじゃあ、長田隊長を巡って姐さんがたのあいだで、一波乱あったみたいですし」


「なに? あいつ、そんなに遊んでるの?」


 麻乃が思わず顔をしかめて問いかけると、隊員たちはみんなそれぞれに視線を交わし、曖昧な返事をした。


「……五番のやつらも、どういったものか悩んでいるみたいで」


「そうなの? ったく……隊員たちにまで心配かけてどうするってんだろうね?」


「長田隊長の気持ちも、わからないわけじゃあないんですけどね」


 川上が梁瀬のようなことをいう。

 気持ちもなにも、ありやしない。

 鴇汰がそんなに軟派なやつだとは思いもしなかった。


 不愉快な気持ちが湧いてきて、胸の奥におりのように溜まっていくみたいだ。

 麻乃はさっさと食事を平らげると、隊員たちを促して詰所へ戻った。

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