第5話 入れ替わり

 この年の洗礼で麻乃に出たのは、蓮華の印だった。

 少し前に庸儀との戦争で、蓮華が一人亡くなっているというのは、修治に聞いていたけれど……。

 動揺する麻乃のそばには、いつでも修治がいてくれたし、古株の人たちも良くしてくれて、どうにか麻乃はやってこれた。


 部隊を組むうえでは、なるべく年長者を多めに入れつつ、気心の知れた矢萩や豊浦も選んだ。

 やることも、考えることも、たくさんありすぎて忙殺される毎日だったけれど、気づけば一年が経とうとしている。


 そのあいだに、八番部隊を率いていた園田そのだがジャセンベルとの戦争で大怪我をして引退を、さらに数カ月後、ロマジェリカとの戦争で五番部隊の堀川ほりかわが亡くなった。

 六番部隊の隊長である中村巧なかむらたくみは妊娠がわかり、来年は出産でしばらく休むという。


 ようやく慣れてはきたものの、上が二人もいなくなり、もう一人は当面不在になるということに、不安にならずにいられない。

 次の洗礼では、どんなヤツが蓮華として上がってくるのか……。

 修治は気にするなと言うけれど、気にならないわけがない。

 上の立場として、やっていけるんだろうか?


 不安な気持ちをよそに、時間は否応なく過ぎていき、もう洗礼の時期だ。

 軍部で会議の折に貰った資料で、今年の印を受けた戦士たちの名簿を眺めた。


「あ……」


「どうした?」


「ん……この蓮華の印を受けた二人……」


「ああ。どっちも東区みたいだな」


 麻乃と修治が話していると、横から徳丸と梁瀬が覗き込んできた。


「なになに? 二人とも東区なの?」


「珍しいな。あそこは戦士を目指してるヤツも少ないってのに」


「あたし、こいつら知ってるよ。結構、強い。東区だから戦士にはならないかと思ったのに、まさか蓮華とはね……」


 麻乃がそういうと、徳丸が腕を組んで唸った。


「麻乃が強いってんなら、なかなかやるヤツらなのかもしれねぇな」


「麻乃さんの腕前で、強いって思うほどなんだもんねぇ」


 梁瀬までそんなことをいい、麻乃は気恥ずかしくてうつむいた。

 腕に自信はあるけれど、褒められることには慣れていない。

 大抵の人間が、麻乃をみると女で小柄だといって、舐めてかかってくる。


「そういえば、この二人もそうだったな……」


 ぽつりとつぶやいた言葉に修治が反応した。


「なにがだ?」


「ううん。なんでもない」


 最後の地区別演習で対峙したときのことを思い出していた。

 次は負けない、といっていた鴇汰が今、どれだけ腕を上げてきているんだろう。


 泉翔では新たに戦士になると、まず初めに訓練生として体力の底上げや実戦のための訓練をする。

 ただ、蓮華は最初から演習を何度も繰り返す。

 麻乃が入ったときには、いきなり四十五日もの演習をやらされた。


 古参の蓮華たちの部隊と予備隊、時に各区の道場の師範を相手に、たった一人で全員を相手にしなければならない。

 終わったときには緊張が一気にほぐれ、倒れたほどだった。


「まあ、強いといっても、そのままで通用するわけじゃあねぇからな。通常通り、最初は演習からだ」


 徳丸が名簿を手に、神田と相談をして予定を組むといい、会議室を出ていった。


「しばらく襲撃がないといいよね。演習、あたしちょっと集中したいかも」


「おまえがそんなことを言いだすなんて、珍しいな?」


「うん、ちょっと気になるんだよね、こいつら」


 梁瀬がそれを聞いて、クスリと笑う。


「二人とも、手加減は駄目だけど、やりすぎないであげてよね?」


「わかっているよ」


 演習用の武器を使うとはいっても、怪我をしないわけじゃあない。

 擦り傷、切り傷くらいはみんな負うけれど、間違っても大きな怪我をされられない。

 それだけではなく、梁瀬は、叩きすぎて相手がやる気を消失してしまうことを心配しているみたいだ。


「そんなに心配しなくても……そんなに簡単に、へこたれるやつらじゃないって。多分だけどさ」


 麻乃も最初の演習では、相当に叩かれた。

 おクマや松恵と散々稽古をしてきた麻乃は、簡単にやられるわけがないと、たかを括っていたけれど、実戦経験のある戦士たちは、ただただ強かった。


「楽しみだなぁ……知った顔だったからやりやすいし。下ができるっていうのが、ちょっと不安だけどね」


「僕もそうだったなぁ……上の人がいなくなって、修治さんや麻乃さんが入ってくるときは、変に不安だったよ」


「そうか? 俺が入ったとき、梁瀬はずいぶん堂々としていたじゃあないか?」


「あれは……そう見せていたんだよ。二人とも同じ西区で道場も近かったから、知ってはいたけど、やっぱり不安だったよ」


 梁瀬はそう言って笑い、ここへ来てほぼ毎年、入れ替わりがあるから余計に不安だという。

 その辺りは、麻乃にはまだピンとこないけれど、この先、もしも神田や徳丸に巧が引退するようなことが続いたら、梁瀬と同じように感じるだろう。


「取り合えず、今回は二人も変わるからね。うまくやっていけるように、僕らもしっかりしないと」


「そうだね」


 うまくやれるだろうと、このときは思っていた。

 実際、演習を終えてからしばらくの間は、うまくやっていたと思う。

 それが、いつからか、鴇汰とだけ噛み合わなくなった。

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