第3話 噂のヤツら

 矢萩たちと別れてから、東区の十四歳組と十六歳組にはよく当たった。

 ほとんどが単独で行動をしているけれど、四、五人のグループもいくつかあった。

 確かに太刀捌きはうまいけれど、南区ほどではないし、北区のように力でごり押ししてくる戦いかたでもない。


 今も、やり合ったグループからリストバンドを奪いながら、こんなものか、と思っていた。

 麻乃が通う道場のあるじ、小幡が隠居をして、高田が師範としてやってきてから、麻乃はほかの誰よりも鍛錬してきている。


 剣術も体術も、上には上がいて負けることもあるけれど、その回数は大幅に減った。

 そうやって過ごしてきているから、同年代ならば、負ける気がしない。

 塚本や市原には、「天狗になるな」と言われるけれど……。


「別に天狗になっているつもりはないんだけどな」


 強いと言われていたのは十五歳組だ。

 この辺りを回っていないんだろうか、なぜか十五歳組と当たらない。


 大木に隠れて気配を辿った。

 今、麻乃がいる辺りに人の気配がない。


「西区のみんなもいないみたい……まさか、みんなやられてるなんてことはないよねぇ……」


 いない以上はなにもしようがなく、麻乃はもっと奥まで進んでみることにした。

 注意だけは怠らないように、集中しても、なかなか出会わず、気づけば演習場の一番奥まで来ていた。


「えー……なんでいないのさ……」


 このままでは、強いヤツらと出会うことなく終了時間になってしまう。

 来た道と逆を、東区が入った演習場の左側に向かった。


 しばらく行くと、まだ距離はあるけれど、数人が固まっている気配を感じた。

 気配を殺して近づいていくと、向こうもこちらに向かって動き出す。

 まさか麻乃に気づかれたんだろうか?

 様子を見るために、手近な大木の枝に飛び乗り、潜んで待った。


「全然、見つからねーな」


 先頭を歩く背の高いヤツがボヤいている。

 その隣に、槍を肩に担いだヤツがいた。

 手首を見ると、赤のリストバンドだ。


(やっと見つけた……十五歳組だ!)


 数えると五人、三人が刀で二人が槍だ。

 矢萩が強いヤツは刀と槍だと言っていた。

 あの中の、どれか、か。


 五人とも麻乃に気づいた様子はなく、辺りを探りながらゆっくり進んでいる。

 五人とも、ベルトにリストバンドを何個かさげているところをみると、それだけ倒してきているということか。


「おかしいな……絶対、先頭で奥まで来ると思っていたのに」


「もしかして、もう誰かに倒されたんじゃねーの? 藤川麻乃」


 麻乃の名前が出て驚いた。

 コイツらは、麻乃を探しているのか。


「まさか。だってかなり強いって噂だし、相変わらず演武に出続けてるじゃあないか」


「だよな。今年も出るじゃん? 演武。名前、出ていたろ?」


「けどなぁ……あくまで噂だろ? 実際、こんなに出くわさねーんじゃ、それほどでもないのかも……」


 噂になってると言うのは初めて聞いたけど、それほどでもないと思われるのは心外だ。

 麻乃はちょっとムッとした。


「そうは言っても、動きかたによっては、この広い演習場じゃ、そう簡単には出くわさないよ」


「うーん……鴇汰の言うことも、穂高の言うことも、どっちも考えられるよなぁ」


「手合わせ、してみたかったけどな」


「もうしゃーねぇよ。やられちまったんだよ、きっと」


「あんな小さいんだもんな。力もそんなにないだろ」


――舐められてる。


 コイツら、完全に麻乃を舐めてる、と思った瞬間、意地悪な気持ちがムクムクともたげてきた。


「それほどじゃないのは、探しきれないあんたたちのほうなんじゃないの?」


 枝の上に立ち上がり、麻乃は下にいる十五歳組の連中にそういった。

 全員の目が、こちらに向く。


「藤川麻乃……!」


「それにさ。言っちゃあなんだけど、噂ほどじゃないらしいのも、お互いさまだ……」


 刀を抜いてそのまま枝を飛び降り、一番近い位置にいたヤツの脛を打った。

 パチパチっと電気の流れる音がして、小さなうめき声をあげて倒れた。


「……と、思わない?」


 サッと立ち上がって間合いを取ると、麻乃はそういった。

 残る四人の顔が強ばり、全員が武器を構えた。


「藤川麻乃……俺たちを舐めてるのか?」


 中の一人が刀を掲げて麻乃に切っ先を向けてきた。

 四人は刀と槍が二人ずつだ。

 槍の一人が突きかかってきたのを刀で弾くと、カランと音を立てて槍を落とした。


 その隙をついて、そいつの胴を払った。

 パリパリとまた電流の音が鳴り、ドサリと倒れる。

 さっき麻乃のことを『力もそんなにない』なんて言ってくれたヤツだ。


 すぐに刀のヤツが斬りつけてきたのを鍔で受け、引き付けてから思い切り押し返す。

 よろめいたところへ、左右に流すように打ち込むと、捌ききれなくなって刀を落とした。

 その腰もとに横へと斬り流した。


 倒れたのを横目に、残った刀のヤツと、槍のヤツへと切っ先を向けた。


「さて……あんたたち、さっきは『舐めてるのか』って聞いてきたけど……舐めてるのはあたしか? それともあんたたちか?」


 そう問いかけた。

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