第10話 理由

 穂高と鴇汰が八歳になった年、クロムは大陸で急用ができたといって、長く留守にすることになった。

 これ幸いと、鴇汰はついに、道場へ通ってくるようになった。


 最初のころは、体がついていかないようで、あちこちが痛いと嘆いていた。

 師範たちに言われて体づくりから始めている。

 関節の油が切れた人形のような動きに、思わず穂高は笑ってしまった。


「笑いごとじゃねーし! 俺、運動なんてしてなかったし、こんなにあちこち痛むとは思わなかった!」


「まあ、すぐに慣れるよ。先生たちも、鴇汰は筋がいいようだって言っていたから」


 穂高の言葉に、鴇汰は嬉しそうに笑った。

 仲間たちともすっかり打ち解けて、口調も砕けてきている。

 最初のころ、引っ込み思案にみえたのが嘘みたいだ。


 やる気になってくれて、一緒に道場に通えるようになったのは嬉しいけれど、どうして急に気が変わったんだろう。

 金井の誘いかたがうまかったんだろうか?


「鴇汰さ、どうして急に道場に通う気になったの?」


 あるとき、また鴇汰の家に泊りにきていた穂高は、思いきって聞いてみた。

 夕飯を食べ終わって、食器を洗っている鴇汰の後ろ姿は、なぜか耳が赤い。


「……俺、穂高には隠しごとしたくないから言うけど……」


「うん」


「俺……あの子……藤川麻乃だっけ? あの子の側にいたいって思った」


「え?」


「あんなに奇麗な太刀捌きでさ、きっと戦士になるんだろうな、って。それなら隣に立って、同じ景色をみてみたいって思った」


 意外だ。

 というか……真っ赤になっているのは、もしかして……。


「それに、道場に通ってわかった」


「なにを?」


「みんな本当に泉翔って国が好きなんだな、って。戦士を目指してる人たちの思いとか、そういうの」


「ふうん……」


 鴇汰はロマジェリカは本当にひどい国だという。

 あんな国が攻めてきて、もしも泉翔が負けるようなことになったら、大変なことになる、と。


「だから俺……俺の手が泉翔を守る力の一つになるなら、鍛えて強くなりたいって思ったんだ」


「などほどね。でも一番の理由は、藤川麻乃の側にいたい、なんだ?」


 振り返った鴇汰は、耳と同じで顔も真っ赤だ。


「好きになっちゃったんだ? 鴇汰のタイプって、ああいう子か~」


 からかうように笑った穂高の顔に、バスタオルが投げられた。

 鴇汰は変わらず真っ赤なままで「早く風呂に入ってこいよ!」といった。


 こんな話までできるようになるなんて。

 こうやって、いろんな話をしながらずっとつき合っていければいいと思う。

 穂高はそう思っているけれど、鴇汰のほうはどうなんだろう?


 風呂も済ませて着替えをし、二人で客間に布団を敷いた。

 横になってしばらくたったころ「まだ起きてる?」と鴇汰が聞いてきた。

 初めて泊まった夜を思い出す。


「うん」


「穂高、改まって言うのもなんだけどさ……道場、誘ってくれてありがとうな」


「うん」


「地区別演習も……あれがなかったら、今の俺はいなかった。俺、穂高と出会って本当に良かった、って思ってるんだ」


 料理の仕事につきたい気持ちも本当だったけれど、今、毎日が本当に楽しいという。

 それを聞いて穂高も心から嬉しいと思った。


「まぁ……まだちょっと問題もあるけど……」


「……クロムさん?」


「うん……けど、反対されても説得するけどな」


「そのときは、俺も加勢するし、道場のみんなも味方してくれるよ」


「そりゃあ心強いな」


 最初、鴇汰はクロムが嫌がるから、といっていた。

 それが本当だとしたら、反対はするだろうけれど、最後には認めてくれる気がする。


 いつも穂高に変な悪戯を仕掛けてきたのも、鴇汰を道場に通わせたくなくて、穂高から離れていくようにしたかったからだと思う。

 懲りずに通い続けた穂高を、最後には認めてくれたように、きっと鴇汰のことも認めてくれる。


「俺さ、早く穂高たちに追いつけるように頑張るよ」


「うん。俺も早く鴇汰と手合わせしたいし、一緒に演習も出たいしね」


「明日も早いから、もう寝るか。おやすみ」


「おやすみ」


 この日から、本当に鴇汰は稽古に励み、凄いスピードで穂高たちに追いついてきた。

 ただ、残念なことに東区は五つの区の中で、一番弱い。

 鴇汰が『藤川麻乃』に直接会う機会はなかなか訪れない。


 いつも地区別演習の演武で、その姿をみつめるだけだった。

 十五歳になる、その年までは。



-完-

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