第9話 地区別演習
「あ~! もう始まってるよ! 鴇汰! 早くこいって!」
昨日から始まった地区別演習は、東区は南区と当たり、早々に負けてしまっていた。
今日は道場のみんなは自由行動で、各々にあちこちを見学している。
穂高は朝から鴇汰と連れ立ってやってきたのに、鴇汰ときたら食べものばかりに目を向けていた。
「ちょっと待って、これ買ってから……」
今も北区の屋台で大きな唐揚げを買っている。
「そんなに食べてばかりいたら、お腹壊すよ!」
鴇汰を引っ張り、穂高は演武の会場を見えやすそうなところまで進んだ。
「……凄い人だな」
席に着いたときには、ちょうど気になる子が出ていた演武が終わったところだった。
最近、西区で強いと言われている子が出ていたのに。
「も~……終わっちゃったよ。次が最後の演目じゃないか」
「最後に間に合ったなら良かったじゃん」
鴇汰は気のない素振りでそういう。
ため息まじりに道場で貰っていた参加者のリストを眺めた。
「ホラ、これ。西区の
次は北区の男の子と、西区の女の子のようだ。
舞台に出てきた姿をみて、穂高は驚いた。
大人にしか見えないくらいに大きい男の子と、どうみても穂高より年下の女の子だ。
「なあ、体格差があんなにあって、いいもんなの?」
鴇汰も穂高と同じ疑問を感じたようで、そうつぶやいた。
「ん……まあ、対戦するのとは違うから……大丈夫なんだろうけど……」
舞台に並んだ二人は、どちらも観客席を向いている。
どうやら立ち合いのような
それなら体格に差があっても、なんの支障もない。
二人が次々と繰り出す型に、穂高は思わず目を奪われた。
男のほうもうまいけれど、女の子のほうの動きが流れるようで、まるで
ふと鴇汰をみると、鴇汰も舞台に視線を向けたままで動かない。
穂高は、もう一度、参加者リストを開いた。
女の子のほうは、『
「え……? あれで俺より一つ年上?」
冷静に考えてみれば、穂高より年下が出ているはずがない。
毎年の地区別演習で、演武に出られるのは、実力が認められたものだけで、いつも十歳以上の子ばかりだった。
それなのに、藤川麻乃は八歳という年齢で、もう舞台に上がっている。
しかも型はどれも奇麗で、大胆な太刀捌きなのが穂高にもわかった。
目をそらすことができずにいると、不意に袖を引っ張られた。
引っ張ったのは鴇汰で、なにを思っているのか、視線は舞台にくぎ付けになっている。
「なあ、ああいう子ってさ……やっぱり戦士を目指しているのかな?」
「……どうかな? うちの姉ちゃんたちみたいに、強くても戦士を目指さない人もいるし」
「今からでも、あんなふうになれるのかな……? それとも、もう遅い?」
「えっ?」
「だからさ、今から鍛えたら、追いつけるものなのかな?」
唐突の問いかけに、穂高は答えに詰まった。
追いつけないとは思えないけれど、追いつけるといい切ることもできない。
どう答えたらいいのか迷っていると、穂高の肩に大きな手が置かれた。
「
穂高が通う道場の師範であり、道場主でもある金井が、にこやかな表情で立っていた。
「やっぱり穂高も演武を見にきたか。キミは……確か、長田くんだったね?」
「はい」
鴇汰は金井に頭をさげて挨拶をした。
「演武をみたのは初めてかな?」
「初めてです」
「みて、どう感じただろう?」
「……奇麗な動きだな、って思いました。きっと本当に強いんだろうな、って」
金井は鴇汰の答えにうなずくと、舞台のほうへ視線を移す。
穂高も鴇汰も、同じように演武に目を向けた。
黙ったまま三人で、終わりまで見続けた。
演武が終わり、舞台上の二人が礼をすると、会場中に大きな拍手が巻き起こった。
鴇汰は心ここにあらず、といったふうに舞台をみつめたまま拍手をしている。
「長田くんはさっき、鍛えたら追いつけるのか、って聞いていたね?」
「……はい。道場に通ったら、今からでも、あんなふうになれるんですか?」
「あの子は少しばかり特別だからね。追いつけるかどうか、それは資質の問題もあるけれど、長田くんの努力次第という部分もある」
金井の答えを聞きながら、鴇汰はもう演目もすべて終わって、誰もいなくなった舞台を見つめ続けている。
その表情は、まだ道場へ通うかどうかを悩んでいるふうにみえた。
「どうだろう? 通う通わないは、また別の話として、まずは見学にきてみないかな?」
「見学、ですか?」
「そう。道場でみんながどんな稽古をしているのか、どう過ごしているのか、みにきてみるといい」
うつむいて少し考えた鴇汰は「わかりました。みにいかせていただきます」と答えた。
その後、鴇汰は本当に道場へ見学にくるようになった。
それは、クロムがいない日だけだった。
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