第8話 新たな出会い
薬が効いたのか、翌朝はスッキリと目が覚めた。
いつものように両親と朝の食事を済ませ、道場へいき、鍛錬をしたり勉強をしたりしながら一日を過ごす。
全部終わっての帰り道、みんなと別れてから家までの道のりを、いつものように杖を出して振るった。
「……あれ?」
杖を出してなにをしようとしたのか。
家に帰るまでのあいだに術を使うような場面はないはずなのに、梁瀬の体は自然と杖を取り出している。
杖を剣に見立てて枝木を払い、剣術のまねごとをするほど子どもではないつもりだ。
なにか大切なことを忘れている気がするのに、思い出せない。
手にした杖をジッとみつめても同じだ。
大切な杖を出して、なにをしようとしたのか……。
思い出せない以上はなんのしようもなく、梁瀬は懐に杖をしまい、家へ戻った。
自宅で営んでいる道場も、もう稽古が終わって子どもたちもいない。
帰ると夕飯までのあいだ、梁瀬は父から術を教わった。
もうすぐ十六歳になるからか、だんだんと術のレベルが上がっている気がしていた。
自分自身のレベルも上がってきているようで、教わる術は難なく自分のものにできた。
気づけばもう、洗礼は目前にせまり、そんなときに蓮華の一人が引退するという噂を耳にした。
その噂を聞いた瞬間、梁瀬はなぜか自分に蓮華の印が出ることを確信した。
どうしてそう感じたのかはわからない。
なんでこんなにも、蓮華になりたいと思うようになったのかもわからない。
ただ、漠然とした思いだけが胸の奥に引っかかっているだけだ。
思い悩むくらいなら、いつか思い出すだろうと開き直ってみることにした。
最後の地区別演習を終え、洗礼をうけると、思ったとおり梁瀬の左腕に蓮華の印が現れた。
(これで堂々と大陸に渡る機会ができた……)
蓮華の印をみつめ、そう考えてハッとした。
堂々と大陸へ渡るのが目的で、蓮華になりたかったんだろうか?
大陸に渡ってなにをするつもりだったんだろう?
ロマジェリカに戻ったところで、あの国にもう梁瀬の家はないだろうし、当時、友だちだと思っていた子たちにも、今さら会ったところで互いに困惑するだけだろう。
蓮華になると、今度は自分の部隊を持つことになり、やることは山積みだ。
梁瀬自身の訓練も厳しく行われ、毎日が目を回すほどに忙しい。
それでも、同じ蓮華の先輩でもある
特に野本と中村は歳が近いこともあって、下の名前で呼び合うほど急速に親しくなっていった。
目まぐるしく時は過ぎ、四年目に最年長の里田が怪我で引退を余儀なくされると、新たに蓮華の印を受けたのは、梁瀬と同じ西区の
修治とは二年ほど合同演習や地区別演習で顔を合わせていたから、互いに存在は認めていたし、修治の強さは近隣の道場でも有名だったこともあり、すぐにほかの蓮華たちと同様に打ち解けられた。
さらにその二年後には、葉山が庸儀との戦争で命を落とし、新たに
こちらも修治同様、その腕前で名前が知れていた。
ただ、泉翔人にしてはやけに髪が赤茶けていて、小柄だ。
次の年には、ジャセンベルとの戦争で堀川が命を落とし、園崎は一命をとりとめたものの、大怪我を負うこととなり引退を余儀なくされた。
そして新たに蓮華の印を受けたのが、
二人とも戦士になる子どもが圧倒的に少ない東区の出身で、徳丸はひどく不安そうにしていたけれど、訓練をみる限りは二人ともかなりの使い手のようだった。
二人が入ったことで、年配の多かった蓮華が、ここ数年で一気に若返った。
いつまでも下のままのつもりでいた梁瀬は、こうなるとそれなりに上の立場になってしまう。
不安な思いを悟られないように、初めて軍部で顔を合わせたとき、堂々としてみえるように胸を張って挨拶を交わした。
「どうも。僕は笠原梁瀬です。梁瀬、って下の名前で呼んでくれて構わないからね」
頭をさげる穂高と鴇汰と、順に握手をした。
鴇汰の手を握った瞬間、ピリッと静電気が起きたように脳天まで刺激が突き抜けた。
それは鴇汰のほうも同じだったようで、ハッとした表情で梁瀬をみつめてくる。
その目をどこかで見たような気がしてならない。
会うのは今日が初めてのはずなのに。
――ただ。
鴇汰は梁瀬と同じで、ロマジェリカから逃げてきたようだ。
ひょっとすると、同じ船に乗っていたのかもしれない。
いっそ、そのことを聞いてみようかと思ったけれど、あのころのことは、なるべくなら思い出したくはない。
鴇汰は梁瀬より七歳も下だから、当時は四歳で幼いころだ。
鴇汰も思い出したくないのは同じかもしれないと、敢えてその話には触れなかった。
それからさらに四年後、徳丸の一つ上の神田が亡くなり、
ここから少しずつ、様々なことが変わり、訪れ、やがてなにもかもが大きな変化を迎えるのだけれど、このころの梁瀬を含め、全員がまだなにも気づいていなかった。
-完-
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