上田穂高
第1話 噂ばなし
「なあなあ
「アノ話? なにそれ?」
道場からの帰り道、同じ道場に通っている仲間が追いかけてきた。
「
「ふうん。で?」
「で? ……って、気にならねえのかよ? 穂高の家と同じ方向だろ?」
「別に……だって去年、何人か東区にも越してきたじゃあないか」
「そうだけどさ~、アイツらが
「うんうん、それなのに、もう引っ越しするなんてアヤシイじゃないか」
仲間たちは口を揃えてこんなに早い引っ越しはおかしい、なにか怪しいことがあるに違いない、ロマジェリカのスパイかもしれない、なんて話をしている。
こいつらだけで、そんな話にいきつくのは変だ。
きっと、逃げてきた人たちを良く思わない大人たちが、そういっているんだろう。
穂高の家でも、最初のころは姉たちが「スパイがくる」といって警戒心を剥き出しにしていた。
母の
逆らうとヒドイ目にあうから、表面上は同意してみせていたけれど。
ロマジェリカから逃げてきた数家族が東区へ越してくると、見た目は同じ泉翔人の家族のほかに、ロマジェリカ人そのものの人、髪と目の色だけが違う人など様々で、街全体が微妙な雰囲気に包まれていた。
それでも、日々、挨拶を交わしたり雑談をしているうちに、悪い人たちではないことがわかってきて、気づいたらずっと泉翔で暮らしてきたかのように親しくなれた。
今度、引っ越してきたという家族もきっとそうだろう。
どの区から来たのかわからないけれど、そっちでなんの問題もなく暮らしていたに違いない。
「これからみんなで、そいつのこと見にいかないか?」
誰かがそういうと、みんな覗きに行く気満々でいる。
「俺はいかないよ。早く帰って家の手伝いをしないと、姉ちゃんたちに叱られるし」
「なんだよ、穂高。つき合い悪いぞ!」
「じゃあ、おまえらの誰かが俺の代わりに姉ちゃんに怒られてくれる?」
そう聞くと、みんな黙った。
「ホラ。無理だろ? それにその家に子どもがいれば、どっかの道場に入るだろうし、そうしたら顔をあわせるじゃないか。わざわざ見にいく必要はないよ」
手を振ってみんなと別れた。
うちの姉は四人もいるけれど、四人とも強くて怖い。
穂高の仲間たちもみんなそれを知っているから、なにかのときに姉のことをほのめかすと、だいたいみんな、引く。
一番上の姉、
同じように稽古を受けているはずなのに、穂高は姉たちの誰にも敵わない。
それだけ強くなっているのだから、戦士を目指しているのかと思ったら、全員が戦士にはならないという。
「だったらそんなに強くならなくていいのに……」
家までの帰り道、誰にいうともなしに、一人つぶやいた。
仲間たちの話しだと、引っ越してきたのは横二番通りの空き家といっていた。
穂高の知っている空き家は一軒だけで、通りを入ってすぐの縦一番通りのところだ。
東区は、紅葉池に沿った通りから碁盤の目ように縦と横に区分けされている。
横に一番から十番、縦にも同じように一番から十番と、大通りが伸びていた。
穂高の家は、横二番の通りを真っ直ぐに、縦五番の通りまで進んだところにある。
道場からの帰りは、嫌でもその空き家の前を通る。
となると、きっと引っ越してくる住人と顔を合わせる機会は多いだろう。
「歳の近い子か、同じ歳の子がいるといいな」
手にした槍をクルクルと振り回しながら、家の玄関を開けた。
「ただいま~」
「遅い! 穂高、さっさとこっち、手伝って!」
さっそく二番目の姉に怒られる。
自分の部屋に荷物を放り込み、台所へ向かうと、姉たちが夕飯の準備をしていた。
父の仕事は大工で、今は中央の戦士たちの宿舎で修繕作業があり、今週は帰ってこない。
母は洋服の製造工場で針子の仕事をしていて、今日は昼から夜までの作業だという。
「母さんが帰ってくるまでに夕飯を済ませて、寝る仕度をしないと」
「ご飯は私たちが作るから、穂高、あんたはお風呂の掃除をしてお湯を張っておいて」
「ん、わかった」
こんなときは、姉たちがいるのが心強かった。
穂高がもしも一人だったら、なにもできずにお腹を空かせて待っているだけだっただろう。
小さいころから、一番上の姉がなにかと世話を焼いてくれて、勉強も
怖いけれど、ありがたい存在だ。
「明美姉ちゃん、横二番の空き家にロマジェリカ人が引っ越してくるってしってる?」
「ああ、なんかね、うちの道場の先生の
「そうなの?」
「うん、ねえ? 正美姉ちゃん、師範の先生がそう言ってたよね?」
「そうねぇ、確かに言ってた」
「穂高と同じ歳の男の子がいるって言ってた気がするよね? うちの道場に通ってくるかもって」
「へ~、そうだったんだ」
五人で先に夕食を済ませ、姉たちが片づけをしているあいだに穂高は自分の洗濯物をたたんでしまい、お風呂に入って布団へもぐりこんだ。
「明日の朝……ロマジェリカの子に会えるかな……」
どうやら同じ歳らしい、引っ越してくるロマジェリカ人のことを考えながら、夢の中へ落ちていった。
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