第7話 賢者さまのこと

 母に医療所へ連れていかれ、薬をいただいてくると、それを飲んで横になっていた。


「泉翔では……医療所で治療して、回復術は使わないんですね……」


「そうですね。泉翔では小さな怪我を治す程度の術しか使わないようですが、ロマジェリカでも大きな怪我や病気は巫者さんのところへ行って薬をいただいたでしょう?」


「……やっぱり回復術で大きな怪我や病気を治すのは無理なんですか?」


「ええ。最も、そういった術を使える術師はいらっしゃいますけれど」


「賢者のかたたちですよね?」


「そうですね……さあ、もう休みなさい。明日には熱もさがるでしょう」


 母の作ったおかゆを食べ、梁瀬は眠りについた。

 そういえば、以前も熱が出て寝込んでいたときに、老人の夢を見始めたんだった。

 今夜は久しぶりに、あの老人の夢をみられるだろうか?


『レヴィヴァレオ・エクシステント』


 そうつぶやいた自分の声で目が覚めた。

 いつの間にか眠っていたようだ。


 体がやけに重くて熱く、まだ熱が下がっていないんだろう。

 梁瀬は立ち上がり、トイレに向かった。

 外はもう真っ暗で、夜だとわかる。


 両親が眠っているかもしれないと、足音を立てずに廊下を歩いていると、居間に続くふすまから明かりがもれていた。

 ボソボソとなにかを話している声も聞こえてくる。

 なんとなく、不穏な気がしてそっとふすまに近づいた。

 気づかれてはいけない、そんな気持ちになる。


『――で、確認をしてきましたが、やはり亡くなられていましたが……風の賢者のあとを継ぐのはご子息です』


 賢者と聞こえて梁瀬は息を飲んだ。

 亡くなったと聞こえたけれど、あの夢の老人のことだろうか?

 亡くなってしまったから、夢に見ることがなくなってしまったんだろうか?


『あの子がそんな……賢者のあとを継ぐものだなんて……本当なんですか?』


『ええ、間違いはないでしょうね』


 母の戸惑う声が聞こえてくる。

 あの子というのは、梁瀬のことなのか……?

 聞こえてくる内容に間違いがなければ、梁瀬が賢者のあとを継ぐものだと言っている。

 話の続きが気になって、梁瀬は息をひそめた。


『ですが、まだ年端も行かない。師事を仰ぐべき賢者が亡くなってしまったとなると、制御しきれない力に振り回されてしまうのでは?』


『その可能性は十分あります。それに、ここには伝承の血を引く子がいるのですから』


『そう言えば、あの子の歳では難しい術も、いつの間にか身につけています』


『なるほど、接触してしまったために、共鳴してしまったのか……』


『できるだけ早いうちに遠ざけておいたほうがいい。そして早く身を固めさせて落ち着かせれば……』


『でも、賢者さまがもう亡くなられているのですから、継ぐべき力を持てないままで、あの子はどうなるのです?』


『心当たりはあります、時が来ればそれを継ぐ方法もはっきりするでしょう。それまではできるかぎり力を抑えなければ』


『封印を施したうえで、あの子には早いうちに家庭を持たせよう。一人前の人としての自覚を意識させれば、いずれ来るときまでは揺れることもないだろう』


 両親と話している声は、クロムの声に間違いない。

 父が封印を施すと言っているのは、梁瀬に対してなのか……?

 熱のせいもあってか、理解が追いついていかない。


 伝承の血を引く子とは誰のことなのか気になるし、そもそもが伝承自体、どんな内容なのかもしらない。

 その子と梁瀬が接触をしたというのだろうか?

 同じ道場の誰かなんだろうか?


 また熱が上がったのか、うつむいた足もとがグルグルと回っているように感じる。

 部屋に戻ったほうがいいんだろうか?

 でもトイレにも行きたい。


 スッとふすまが開いて、梁瀬は倒れそうなほどびっくりした。

 立っていたのは父で、梁瀬をみても驚かないのは、気づかれていたからだろう。

 母がきて梁瀬の額に手をあてた。


「あら……まだ熱はさがっていないようですね……」


 そういって母は梁瀬をクロムの隣に座らせ、台所でお茶を沸かすと梁瀬の前に置いた。

 それをすすると、両親は梁瀬に賢者の話しを聞かせてくれた。


 大陸には三人の賢者さまがいること、それぞれに担うべき役割があり、かつて大陸で伝承の血を引くものたちがなにかを起こしたときに、力を貸したり阻んだりしたという。

 今、また大昔に起こったことが繰り返されようとしているかもしれない。

 けれど、賢者さまの一人は亡くなってしまわれた――。


「梁瀬、『三賢者さまはもうおられない』のですよ」


 母に促されてまたお茶を飲む。

 くらりと目眩がした。

 倒れそうになる梁瀬の肩を、クロムがしっかりと支えてくれながら、目をみつめて話しかけてくる。


「いずれ来るそのときまで、残る賢者さまは身をひそめることとなる。なぜなら――」


「三賢者さまはもうおられない……からですか?」


 クロムも両親も大きくうなずき、クロムの人差し指が梁瀬の額の真ん中に触れた。

 クロムの唇が微かに開いた。

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