第3話 使ってはいけない術

 梁瀬は最後に小鳥を出した。

 さえずりが響き、静かだったデッキにどこからともなく鳥の鳴き声が返ってくる。


「あれ……? どこかに鳥がいるのかな?」


 声のしたほうへ耳を傾けると、どうやらボートの裏から聞こえてくる。

 梁瀬は立ち上がり、裏に回った。


「あ……カモメ……?」


 隠れるようにうずくまっている姿は、さっきまでの鴇汰のようだ。

 怪我をしているのか、翼の根もとが赤く染まっている。


「怪我してるの?」


 梁瀬の後ろで鴇汰が心配そうにのぞき込んできた。


「うん……」


「治してあげられる?」


 回復呪文はいくつか使えるけれど、動物に施したことはまだない。

 なにがあったのか、良く見れば今にも翼がもげそうだ。

 そっとカモメを抱き上げてみると、もうだいぶ弱っているようだった。


 このままじゃ、死んでしまうかもしれない……。

 助けてあげたいけれど、強い回復術は使わないようにしなさいと、両親にきつく言われている。


「……死んじゃう?」


 鴇汰が不安そうに梁瀬を見つめている。

 やっと明るくなってきたのに、カモメが死んでしまうのをみたら、また沈んでしまうかもしれない。


「大丈夫、回復術を使ってみるね……」


 カモメをおろして血に濡れた傷を撫でながら杖を向けた。


「サルヴァレ・ヴィータ」


 術を唱えると、傷が癒えていき、梁瀬はホッとため息を漏らした。

 これで死ぬことはないだろう、そう思ったのに、なにがいけなかったのか傷はふさがったのに、死んでしまった。


「え……なんで……?」


 思わず鴇汰をみた。

 鴇汰はカモメをジッと見つめたまま動かない。


「レノヴァテス・ヴィータエ!」


 さっきより強い術を使ってみても、動かないままだ。

 焦って次の術を口にしかけたとき、鴇汰がカモメを抱き上げた。


「レヴィヴァレオ・エクシステント」


 命に係わる術だけは絶対に使ってはいけないと言われている。

 今、口をついて出たのがその一つだけれど、鴇汰も同時にまったく同じ術を口にした。

 ピクピクと体を震わせたカモメが、その翼を羽ばたかせて鴇汰の腕の中から飛び立っていった。


「やった! 治ったね! 梁瀬お兄ちゃんすごい!」


「僕は……鴇汰くん、あの術しっていたの?」


 鴇汰は何度か首をかしげてから首を振り「急に頭に浮かんだ」といった。

 最初に傷を治した術と合わせて三つとも、梁瀬は両親から術式だけを教わっていた。

 使ったのは今日が初めてで、使ってはいけないと言われているのに、鴇汰がしっていたことにも驚いた。


「うわあっ!!!」


 困惑しているところに後ろから肩をつかまれ、梁瀬は驚いて大声をあげてしまった。

 振り返ると若草色の衣を着た男の人が立っていた。

 鴇汰がそのそばへ駆け寄った。


「クロムおじさん」


「二人とも、こんなところにいたら風邪をひいてしまう。早く船室に戻るんだ」


 鴇汰とともに手を引かれて船室に戻った。

 戻る途中、鴇汰にクロムと呼ばれた男の人からは、鴇汰を元気づけたことにお礼を言われ、梁瀬の名前だけでなく、両親の名前も聞かれた。

 使ってはいけない術を使ったことで、叱られてしまうんじゃないかと気が気じゃあない。

 けれどクロムは梁瀬のことも鴇汰のことも、叱ることはなかった。


 翌朝、両親と一緒になっても術のことを言われなかった。

 クロムが話さなかったのか、それとも術を使っているところをみられていなかったのか、どちらなのか梁瀬にはわからない。

 けれど、叱られずに済んだ、という事実に梁瀬は心の底から安心していた。


「泉翔がみえてきたぞ」


 誰かが叫んだ声が響いてくる。

 誰もがみんなデッキへ向かい、だんだんと近づいてくる島を見つめている。


 船が港に着いたときに、泉翔の人たちはどう思うんだろう?

 温かく迎え入れてもらえるんだろうか?

 やがてみえてきた砂浜には、桟橋には数十人の泉翔人が待ち構えている。


 船が止まり、数人の大人が待っていた泉翔人に声をかけ、なにかを話している。

 追い返されやしないかと怖くなり、梁瀬は父と母の手をギュッと握った。


 話しが済んだのか、乗っていた人たちが少しずつ下船していく。

 梁瀬もこわごわと桟橋に降り立った。


「当分のあいだ、まずは神殿で過ごしてもらうことになります。移動は車を用意してあるので、そちらへ」


 案内されて向かった堤防の向こう側に、トラックが数台とまっていた。

 順に乗せられ、トラックが動き出す。

 幌の外の景色は緑に染まった森が広がっていた。

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