第4話 泉翔での生活のはじまり

 神殿といわれた場所は、巫者のような長い衣を着た巫女と呼ばれる人たちと、神官と呼ばれる人たちがたくさんいた。

 ロマジェリカでは見たことのない建物に、梁瀬は少し戸惑いを感じた。

 広間に通され、そこには簡易的な仕切りがいくつも並び、その中の一つに両親と梁瀬は案内された。


 簡易的な場所だけあって、一つ一つは広くはなく、それでも布団を敷いてもまだある程度のスペースが保てるくらいだ。

 トイレやシャワーなどは共同らしいけれど、それなりの数が設置されていて、ここで暮らす人たちも使っている場所らしい。

 食事も着替えも、生活するために必要なものは十分すぎるほど用意されている。


「梁瀬、父さんと母さんは、しばらくは泉翔で暮らすためにみなさんと話し合いをすることが多くなると思います」


「はい」


「あなたは一人になってしまう時間が増えますが……ほかの子どもたちと一緒に、この施設の巫女さまたちのいうことをよく聞いて待っているように。いいですね?」


「わかりました」


 泉翔は中央部のほかに、東、西、南、北と、四カ所にわかれて居住区が設けられているという。

 ロマジェリカから逃げてきた梁瀬たちが、一カ所にまとまると、その区域の負担が大きくなるから、四カ所にわかれるらしい。


 泉翔のことをなにも知らないのだから、梁瀬は落ち着いて暮らせるのならどこでもいいと思っている。

 ほかの家族の中には、親戚がいる人たちもいて、その人たちを頼りに同じ区域へ住みたいと思っているらしい。

 どうしてロマジェリカ人なのに、泉翔に親戚がいるのがわかるのか、梁瀬は少し疑問に思った。


 いくら外見が泉翔人だからといって、大昔から泉翔国に住む人たちと連絡を取り合い続けるなんて無理じゃあないのか。

 そもそもロマジェリカで混血が投獄され始めたからといって、なぜ逃げる先が泉翔一択だったんだろう?

 ヘイトでもジャセンベルでも庸儀でもよかったんじゃあないのか?


 それとも泉翔の血が混じっていると、それも難しいことだったんだろうか?

 一般人として暮らしていた長いあいだ、それは梁瀬の心のどこかにずっと残っていた疑問だった。


 神殿の中では、同じ年ごろの子どもたちが数人ずつ、グループにわけられていた。巫女さまたちから泉翔の昔話を聞かされたり、森の中を散歩に連れていってもらったりした。

 小さな子どもたちはあまり遠くまで行かず、昼寝をしたり本の読み聞かせをしてもらっているようだった。


 梁瀬の住んでいた村周辺とは違い、緑があふれているし様々な種類の花も咲いている。

 近くの大きな泉では、泉翔で信仰されている女神さまの教えも聞かせてもらった。


 時折、梁瀬は鴇汰を探してほかのグループに目を向けていた。

 船をおりてから顔を合わせることがなく、あれから元気にしているのか気になっている。

 笑っていてくれたらいいのだけれど。


 四歳と言っていたから小さな子どもたちと一緒にいるのか、住む区域が決まって神殿を離れることになっても、鴇汰と顔を合わせることはなかった。


 新しく暮らす家は、西側の区域にあった。

 繁華街から近いあたりで、梁瀬たち笠原家以外にも数軒が同じ集落へ、ほかにも数軒が少し離れた集落へ、新たな家を持つことになった。

 梁瀬の両親は術師ということもあり、近隣の子どもたちに術の指導をする仕事に就くという。


 そういえば、神殿でいろいろと説明を受けたときに、泉翔では十六歳を迎える年まで、誰もがなにかしらの道場へ通って自身を鍛えると言っていた。

 武術だけじゃあなく、それは術も同じようだ。


「お父さんとお母さんが道場を作るなら、僕はここで術を学べばいいんですか?」


「そうですねぇ……あなた、どうしましょうか?」


「そうだな……術はうちで学べば良いけれど、ここはやはり泉翔の慣例にそって体術くらいは学んだほうがいいだろう」


「そうですね。術だけでは己の身を守り切れるとはいいがたいですから」


 そうなるんじゃあないかと思っていた。

 どうやら泉翔は大陸から攻め込まれることが多々あるらしい。

 万が一に備えて自分の身を守るために、防御の技ぐらいは身につけておきたいと梁瀬も感じていたからだ。


 急に強くなれる気はしないけれど、ある程度、大きくなったときには両親のことも庇えるくらいにはなりたい。

 通う道場については、両親があちこちに聞いてから決めると言われた。

 両親が探してくれる道場なら、安心して通えるだろう。


 引っ越してきたばかりで、生活に必要なものを揃えるだけで一日が終わってしまった。

 近隣の人たちは、いい人ばかりで、あれやこれやと世話を焼いてくれたけれど、中にはやっぱり外見の違う梁瀬たち一家を、快く思わない人もいるようで、道すがら遠巻きに見ているだけの人や、冷たい視線を向けてくる人もいる。


 やがて慣れてくれば、普通に話しをしたり近所づきあいもできるようになるんだろうか……?

 若干の不安を抱えながら、急な変化に疲れた梁瀬は、夕方から発熱して寝込むことになった。

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