第2話 船の中の男の子

 人目を避けるように夜通し車は走り続けた。

 途中、岩陰に隠れて休憩を取り、そのまままた走り出す。

 海岸に着いたのは次の夕方で、人けのない岩場に古びた船が停泊していた。


「さあ、早く乗って」


 次々に乗り込んでいくのは、泉翔人の外見をした人から、ロマジェリカ人の外見をした人、梁瀬のようにヘイトの外見も数人とさまざまだ。

 もう先に乗っている人たちがいるのは、ほかの街からも逃げてきた人たちがいるからだろう。

 振り返ると、遠くに砂埃がみえる。


 まだこれからもあちこちの街から逃げてくるんだろう。

 母に急かされて梁瀬も船に乗り込んだ。


 数時間待ち、暗くなって到着したトラックの人たちが乗り込むと、すぐに船が出航する。

 遠ざかっていく岩場を眺めながら、梁瀬は初めて両親にごねてみせた。


「僕、行きたくないよ……なんでロマジェシカを出ていかなきゃいけないの? 友だちだってたくさんいたのに」


 言いながら、本当はわかっていた。

 残って捕らえられてしまえば、殺されてしまうことも。

 ただ混血だというだけで、なぜ逃げなければならないのか。


 あまりにも急で慌ただしく、大切にしていた本も服もおもちゃも、なにもかも置いてきてしまった。

 今、手もとにあるのは自分で選ぶことのなかった服と杖、それだけだ。

 このごろはずっと冷たくされていたけれど、誰にもなにも言えずに別れも言えずに出てきたことが、寂しくてならない。


 同じ街から逃げてきた中には知った顔も多いけれど、みんな強張った表情で黙り込んでいる。

 泉翔へ向かうと言われても不安しかない。

 唐突にこんなふうに大勢が押し掛けて、簡単に受け入れてもらえるのかもわからない。


 ――それに。


 泉翔の人たちだってロマジェリカの純血の人たちのように、外見の違う梁瀬たちを差別してくるかもしれないのに。

 やがて大人たちは泉翔に着いてからのことを話し合うといって、船室にこもってしまった。

 数人ずつ交代で子どもたちをみてくれるけれど、誰もが不安を隠せずにいる。


 時間が経つと少しずつ慣れてくるのか、子ども同士で話しをするようになったり、様子をみに来た大人たちに甘えたりするようになっていった。

 そんな中、一人だけ誰とも話すことなく、大人が来ても寄ることなく、身を小さくしている男の子がいた。

 両親はいないのか、時折、親に甘える子をみては抱えた膝に顔をうずめている。


 梁瀬のところへも、話し合いの合間に両親が顔をみせてくれる。

 そのときに、泉翔へ着いてからのことをいくつか聞かされた。


 ふと見ると、あの男の子の姿がみえない。

 梁瀬は男の子を探してデッキにでてみた。

 まだ暗い外で、万が一にも海に落ちるようなことがあってはいけない。

 ぐるりとあたりを見渡すと、避難用のボートに隠れるようにして膝を抱えている男の子をみつけた。


「どうしたの? こんなところで寒くない?」


 梁瀬は思いきって声をかけてみた。

 男の子はわずかに顔を上げたけれど梁瀬のほうをみようとはしない。


「僕はウィローっていうの。きみの名前はなんていうの?」


 チラリと梁瀬をみるも、すぐに視線を逸らせてしまう。

 それでも、小さな声で答えてくれた。


「……リベルタ」


「そう。リベルタくんはもう泉翔名持ってるの? 僕の泉翔名は『梁瀬やなせ』なんだよ」


鴇汰ときた……」


「鴇汰くんかぁ……いい名前だね。鴇汰くんはいま何歳? 僕はね、十一歳」


 梁瀬の答えに鴇汰は指を四本立ててみせる。


「もう暗いのにこんなところにいて、怖くない?」


 鴇汰は今までよりもさらに身を縮めた。

 やっぱり不安だろうし怖いんだと思う。

 梁瀬だって不安でしかない。


「おうちの人と一緒にいなくて平気?」


 膝に顔を埋めたまま、小さく首を振る鴇汰は、泣いているのか鼻をすすった。

 まさか一人きりではないだろうけれど……。

 その後も色々と話しかけてみるも、鴇汰はうなずいたり首を振るだけで、なかなか口をきいてくれない。


 寂しいなら慰めてあげたいし、悲しいなら楽しませてあげたい。

 泉翔につくまでこのままじゃ、かわいそうすぎる。

 梁瀬は鴇汰の隣に腰をおろして同じように膝を抱えた。


 コツンと膝頭に、着ていたマントの懐へ入れていた杖が当たった。

 杖を取り出して揺らしながら、このあとどうしようかと考えていると、鴇汰の目が杖に向いていることに気づいた。


「あのね、僕、術が使えるんだ。術、しってる?」


「……うん」


「じゃあ、ちょっと見てて」


 梁瀬は杖を振って術を唱え、ウサギの式神を出した。

 式神を出すのは苦じゃあない。

 今はウサギを出したけれど、小動物ならたいていのものを出せる。

 鴇汰は自分の足もとに跳ねてきたウサギに、そっと手を伸ばした。


「やわらかい……フワフワしてる」


 かわいいといいながら撫でている表情が少し和らいだ。

 目が赤いのは、きっとたくさん泣いたからだろう。


「まだほかにも出せるよ」


 リス、子猫、子犬と次々に出して見せた。


「わあ! かわいい……」


 だんだんと明るくなってきたみたいだ。

 リスが鴇汰の肩にのぼると「くすぐったい」といって笑顔をみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る