馴れ初め

笠原梁瀬

第1話 突然の出来事

「ただいま」


 ウィローは遊びから帰ってきて玄関のドアを開いた。

 最近、街の友だちがみんな妙によそよそしい。

 気がつくと仲間外れにされていることがしばしばだ。


 理由はわかっていた。

 ウィローがクウォーターだからだ。


 ウィローの住む街には、泉翔せんしょうやヘイトの容姿をしている人がそこそこいる。

 城から遠く、比較的ヘイトとの国境に近いからだと思う。

 父はロマジェリカ人だけれど、泉翔人の血も混じっているし、母は純粋なヘイト人だ。

 ウィロー自身は、ヘイト特有の容姿をしている。


 ロマジェリカでは、血を重んじる人がだんだんと増えてきた。

 純血であることが最も優秀であり、素晴らしいのだと。

 去年、十歳の誕生日を迎えたころにはもう、おかしな思考に囚われている人が多数を占めていた。

 みんな、皇帝がそういうのだから間違いない、と思っているようだ。


「おかえり。早かったのね」


 母に迎えられて居間に入ると、お客さんがみえていた。

 若草色の長い衣を着ていて、巫者ふしゃだとわかる。


「……こんにちは」


「こんにちは。ずいぶんと大きくなったのね? 今、いくつになったんだったかしら?」


「十一歳になったのですよ」


 巫者さんは、ときどき母を訪ねてくる。

 前に、古い文献の話しをしているのが、チラッと聞こえたことがあった。


「ウィロー、母さんはお客さまと大事な話しがあります。少しのあいだ、部屋にいっていてちょうだい」


「はい」


 部屋のドアを開いて入る前に、母を振り返った。

 二人が妙に神妙な顔つきをしているのと、巫者さんが細長い桐の箱を手にしているのが気になった。

 ウィローが見ていることに気づいた母が、おやつに食べなさいと、黒パンを手渡してきて、ドアが閉められた。


「また文献の話しをしているのかな……古い伝承、ちょっと気になるのに……」


 大陸の各国に、いにしえの伝承がいくつかあるのは知っていた。

 賢者の話しは特に気になっていて、術を学ぶうちにいつのまにか憧れるようになっている。

 このまま両親のもとで術を学び、いずれは賢者の弟子として師事できたらいいのに。


 ただ、このロマジェリカとジャセンベル、ヘイトに一人ずついるといわれているだけで、どこの誰かもわからない。

 どうにかして、会うことはできないものだろうか?

 そのときにはなんとしても弟子にしてもらいたい。

 いつもそれを夢見ている。


 数時間が経ち、日が落ちるころに巫者さんは帰っていった。

 巫者さんの住んでいるのは城に近い街らしく、ウィローの住むこの街からは遠い。

 それをわざわざ訪ねてくるのは、よほどの用事があったんだろうか?


「お母さん、巫者さん忘れものしています」


 テーブルの上に置かれたままになっている桐の箱を持って、ウィローは玄関に向かった。

 もう巫者さんは姿がみえない。


「それは……いいんですよ。母さんが預かりました」


「そうですか……」


 手にした桐の箱を受け取った母は、それを自室にしまいにいき、夕飯の支度をはじめた。

 父は仕事で遅くなるらしく、二人で食事をしながら今日の出来事を話した。

 友人たちがよそよそしくなり、仲間外れにされているかもしれないことを話し出したあたりで、母の顔が寂しそうに変わったことに気づいた。


 仲間外れにされているなどど、聞くのは嫌なのかもしれない。

 母と同じヘイト人特有の外見のせいだと思うんだろう。

 もしも父の外見みたいにロマジェリカ人と変わらないとしても、どのみち父が混血であることは知られている。

 どうあっても、混血だといってさげすまれただろう。


「父さんは今日は遅いですね……ウィローはもう寝なさい」


 しばらく母に術でのわからないところを教わっていたけれど、時計をみてそういう。

 夢中になっていて気づかなかったけれど、とうに眠っている時間だ。

 そう思うと、急に眠気に襲われる。


「おやすみなさい」


 寝巻に着替えて部屋へ向かい、ドアの前で母はいつものように額にキスをしてくれる。

 それほど子どもじゃあないつもりでも、どこかで嬉しいと感じている自分がいた。


 ガタガタとなにかを動かす音で、ウィローは夢から引き戻された。

 なにか難しい夢を見ていた気がする。

 布団の中で目をこすると、またドアの向こうから音が響く。


「……お父さんとお母さん、なにしているんだろう?」


 起きあがったと同時に部屋のドアが開き、母が慌ただしく入ってきた。


「ウィロー、起きていたの?」


「音がしているから……」


「ちょうど良かった。早く起きて着替えるのです。すぐに出かけます」


 こんな時間に出かけるって――?

 なにが起きたのかまるでわからないまま、両親に急かされて着替えを済ませた。

 その間にも、二人はウィローの服を数着カバンに詰め込んでは外へと運び出していく。


 父に抱きかかえられて外に出ると、大きなトラックが待っていて、幌のかかった荷台に有無を言わさず乗せられた。

 中にはこの街で泉翔の血を引く家族が数組、大きな荷物を持って乗っていた。

 ウィローたちが最後だったようで、すぐに車が動き出す。


「お父さん、どこへ行くんですか?」


「ウィロー、キミはもう分別のある歳だ。だからきちんと教えておくよ」


 ロマジェリカの各地で突然、混血のものたちが捕らえられて投獄されていると、父は言った。

 中には処刑された人もいるという。


「私たちはこれから、泉翔へ逃げるんだ。ウィロー、自分の泉翔名を覚えているかい?」


「はい。僕は笠原梁瀬かさはらやなせです」


「いい子だ。これから先は、その名を名乗るんだよ」


 そういって父はウィロー……いや、梁瀬の頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る