第4話 強くなりたい

 七歳になっても、変わらず修治は道場での稽古後に麻乃の家へと通った。

 麻乃のお父さんのときは、変わらず体作りだといって筋力をつける運動ばかりさせられるけれど、最近は麻乃のお母さんが、少しずつ技の稽古もつけてくれるようになった。


 二人が戦士としてほかの区の持ち回りになっているときは、修治の家で麻乃と二人、砂浜まで走り込みに出かけたり、家で運動をしたりしている。

 そのせいか、同年代の仲間たちより動けるようになり、年上の子たちと立ち合いをすることも増えてきた。

 ときには小幡先生から直接教わることも。


(また見てる……)


 年少組と素振りや型をしている麻乃が、修治の稽古をみていることが何度もある。

 見るだけでなにがわかるのか、ずっと疑問を感じていた。


 ただ、それを繰り返しながら、なにかを吸収しているんだろう。

 五歳を過ぎた麻乃は、急速に剣術が上達している。

 試しに修治も、年長組が稽古をしているとき、その動きを観察してみることにした。


 最初のうちは、自分とは違う動きに目が追いつかずにいた。

 何度も繰り返しているうちに、だんだんと動きを追えるようになってきた。

 動きがわかると粗が見えてくる。


(俺ならあそこはこう動く……)


 立ち合ったときの相手の出方をみながら、どう動くと相手を倒せるかを考えるようになった。

 頭の中でイメージは出来上がっているのに、思うように体が動かない。

 未だやられてしまうことのほうが多い。


「ホラみろ、だから言っただろう?」


 麻乃のお父さんがそういう。


「基礎をしっかり学んで体を作っておかないと、イメージ通りになんて動けるもんじゃあないんだよ」


 今日は修治の家で、麻乃の家族も交えて夕飯を食べていた。

 このあいだ、修治に弟が産まれて、そのお祝いに駆けつけてくれたからだ。


 麻乃の両親がいる部隊は、今週は中央で待機らしく、二人とも西区へ戻ってきていた。

 何日かこっちにいるというから、そのあいだにまた稽古をつけてもらいたい。

 急いでご飯を書き込み、麻乃のお父さんを急かして庭へでた。


「修治、演武は見たことがあるか?」


「うん、地区別演習に連れていってもらったときと……あと小幡先生がときどき先生とやるのをみんなでみる」


「そうか。そのときの動きは奇麗だろう?」


 修治は小幡先生の動きを思い出しながらうなずく。

 ときどき、見えていないだけで、誰かと本当に戦っているんじゃあないかと思うこともある。


「きちんと体ができて、基本がしっかりしていると、いざというときに体が自然に動くようになるんだ」


 麻乃のお父さんもお母さんも、修治の動きの一つ一つをみてくれて、刀の動かしかたや手首の動き、力の入れ方も丁寧に教えてくれた。

 麻乃も一緒に稽古をしているときは、つい麻乃の動きをみてしまう。

 修治が五歳だったころより、強い気がしてならない。


 二つも上なのに負けてはいられないし、麻乃より強くなければ守ってあげることもできない。

 産まれたばかりの弟は可愛かったし、つい見入ってしまうこともあったけれど、道場から帰ると修治はまず麻乃の家へと通った。


「修治、幸治が産まれたばかりなのに、出歩いてばかりじゃあ駄目じゃあないか。たまには房枝さんの手伝いもしてやらないと」


「ちゃんとするよ~。でも、早く強くなりたいし……」


「道場にも行ってるんだから、そんなに焦らなくても大丈夫だ」


 麻乃のお父さんは、これからは一日おきに来いという。

 家でちゃんと、お父さんやお母さんの手伝いもしなければ駄目だから、と。


「その代わり、ランニングだけは、毎日欠かさずやること。雨の日は家の中でできることをする。いいか?」


「……わかった」


 約束をして稽古を見てもらい、家に帰ると熊吉が手伝いに来ていた。


「アラ修治、遅かったじゃあないの」


「うん、麻乃のお父さんに稽古を見てもらってたんだ」


「寄り道? 駄目じゃあないの。アンタの弟ができて、お母さんは大変なんだから手伝いをしないと」


 熊吉が修治を睨む。


「うん……おじさんにも言われた。でもさ、強くなりたいんだもん……」


「そんなに急がなくてもいいじゃあないの。アンタ十六歳まで何年もあるんだから」


「だって……! 麻乃が強くなっちゃう。俺、麻乃より強くなきゃ駄目なのに」


 熊吉は呆れたように腰に手をあて、修治を見おろした。

 お父さんよりも大きいから、見おろさせると少し怖い。


「……そんなに麻乃より強くなりたいの?」


 強くなりたい……といいたいのに、なぜか言えないまま熊吉を見あげた。


「だったら、これからアタシが見てやるわよ。だから早く帰ってきなさい」


 剣術でその腕が泉翔の一、二位を争うといわれているのはしっている。

 その熊吉が稽古を見てるれるなら、修治にとってかなりの幸運だ。


「熊吉がみてくれるの?」


「――、とお呼び」


 さっきよりもキツイ視線で修治を睨む。

 黙ったまま、何度もうなずいた。

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