第3話 演習
六歳になると、さらにできることが増えた。
道場内だけでなく、近隣の道場と一緒に演習に参加するようにもなった。
演習は六歳から十歳までの子どもだけで行われる。
もっと大きい十一歳から十六歳までは、修治たちの年齢とは一緒にやらない。
年齢も体つきも違い過ぎるかららしい。
自分より年上の子たちに敵わないのは当然だけれど、腕に巻かれる組紐を、たやすく切られてしまうのが悔しくて仕方がない。
今日も早い段階で組紐を斬られてしまい、暴れたいほど悔しかった。
居残りの訓練を早く済ませて、待っていた麻乃を連れて走って帰る。
「おじさん! 今日も稽古つけて!」
麻乃の家に駆けこむ前に、繋いだ手は離してある。
繋いだままだと、意地悪を言われてしまうからだ。
「今日もか? 毎日良く頑張るなぁ」
「だって演習ですぐ紐斬られちゃうんだ……」
「ああ、あれなぁ……修治はまだ六歳で一番下なんだから、敵わないのは仕方がないことなんだぞ?」
麻乃のお父さんはそういう。
それでも、修治は誰にも負けたくなかった。
「じゃあ、まずは基礎だな。動きをしっかり体になじませるんだ」
最近はずっと麻乃のお父さんは、修治に体力づくりの運動や走り込み、基礎の型ばかりをさせる。
ひょっとしたら、修治が強くなるのを邪魔しているんじゃないか?
そんなことも考えた。
「いいか、修治。麻乃を嫁にするつもりなら、まずは俺を倒してからだぞ」
麻乃と遊んでいると、いつもそういわれる。
だから修治が麻乃をお嫁さんにできないように、強くなるのを遅くしているのかもしれない、と。
ただ、麻乃のお母さんも、同じことをいう。
そして同じように、基礎の型や走り込みなどをさせられた。
疑問を感じながらも、ほかになにをすればいいのかわからなくて、言われるままに体づくりをしていた。
走り込み以外のときは、だいたい麻乃も一緒に稽古をしている。
もう型を覚えているのか、修治の動きについてきているように感じた。
麻乃のお母さんは、息がぴったりだといって褒めてくれるけれど、修治はなにか複雑な気持ちになる。
道場では十六歳の子たちの洗礼が近くなり、演習が増えてきた。
修治たち下の組は、そのせいもあって基礎ばかりが続く。
「え~、今日も基礎~?」
「なんだ? 修治、強くなりたいんじゃあなかったのか?」
「なりたい! でも全然技を教えてくれないんだもん」
「馬鹿だな。今はまず、体を作ることが重要なんじゃあないか」
麻乃のお父さんはそういい、腹筋だ背筋だといって道場の延長のようなことばかりさせる。
毎日、少しずつ不満が積み重なっていく気分になっていたある日。
ようやく道場で、修治たちも演習を行うことになった。
赤い組紐を腕に巻いてもらいながら、また今日も十歳組にあっさりやられてしまうのか、そう思って気持ちが沈む。
近くの森へ行くために道場を出るとき、麻乃が手を振っているのがみえて、修治も手を振り返した。
すぐに紐を斬られて帰ってきたくない。
森の入り口には、もうほかの道場の子どもたちも集まっている。
演習はいつも、ほかの道場と一緒に行われていて、ノルマがあった。
自分の道場以外の相手から、組紐を五本奪うことだ。
先生の鳴らす太鼓を合図に森へと駆け込んだ。
木々をすり抜けて森の奥へと足を進める。
ふと振り返ると、誰も周りにいない。
「あれ……みんな置いてきちゃった……?」
いつもだいたい、同じ六歳組と一緒に行動していて、まるっきり一人になったのは初めてだ。
こんなときに、十歳組と会ってしまったら、本当にすぐにやられてしまう……。
焦って戻ろうとした修治の前に、オレンジの組紐を揺らした二人組が現れた。
(オレンジ……七歳組だ。顔は知っているけれど、同じ道場じゃあない)
刀を抜いて構える。
ジリジリと近づいてくる二人のうち、一人が修治の組紐めがけて突きかかってきた。
相手の刀身を避けようと大きく振った修治の攻撃で、相手の手から刀がはじけ飛んだ。
驚いて手もとをみているその左腕に巻かれたオレンジの組紐を斬る。
もう一人が振りかぶってきたのを受け、押し込まれてくるのを力いっぱい押し返す。
バランスを崩してよろめいた隙に、組紐を狙って踏み出した。
ハラリと落ちた組紐をみて、七歳組の二人が呆気にとられた様子で修治をみている。
「……やった!」
小声でつぶやきながら紐を拾ってベルトに括る。
これまでは一人で二人を相手にすることはなかった。
いつも誰かと一緒に行動していたから。
一人で二人を倒せたことは、修治の自信につながった。
ただ、この先も一人で動くのは不安だ。
森の中を同じ道場の仲間を探して歩き出した。
この日は結局、十歳組に組紐を斬られたものの、ノルマの五本は達成したし、九歳組からも一本だけ紐を奪うことができた。
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