第8話 残る決心
「鴇重……どういうことだ?」
「すまない、誠吾。俺は泉翔へは戻らない。どうしても一緒になりたい人がいるんだ」
「それは式神で見た。だからといって、ロマジェリカに残るなどと……危険極まりない。せめて泉翔へ……」
「彼女の仕事が、泉翔でいうところの巫女のような……いや、医者のような仕事なんだよ。ここを離れると、困る人がたくさんいる」
街から離れた林の中で誠吾と里田を迎えた鴇重は、夕べのうちにあらかじめ式神で事情を報せていた。
結婚したい相手がいる、ということに対しては二人ともなにも言わないけれど、ロマジェリカに残るということには、思ったとおり難色を示した。
他国で暮らしていく……それが簡単なことじゃあないのは承知の上で、それでも大陸に残った諜報の方々の力を借りることができると、鴇重は懇々と説明をした。
パオロたちロマジェリカで活動をしている仲間にも、昨夜のうちに話しを通して、大陸で暮らすための手助けを取りつけてある。
誠吾が首を縦に振らないのは、城がほかの街よりも近いという理由もあってだという。
「ほかの街ならば、まだ少しは安心できるが……」
「そう心配しなくても大丈夫ですよ」
背後の木立からクロムが現れて、誠吾と里田が警戒心を強めて刀の柄に手をかけた。
慌ててクロムの前にでると、二人を制した。
「クロムさん……どうしてここに……誠吾、里田さん、この人は大丈夫」
「突然にすみません。ティーノさんを引き留める以上、どうしてもご挨拶だけはしておかなければと思いました」
クロムは鴇重の立場について、おおよその事情はわかっているといった。
大陸からみると、島を出ないはずの泉翔人が、こうしてここにいる。
それがなにを意味するのか、考えるまでもなくわかると。
「それを表に出すつもりはまったくありません。それに関しては、本当に心配なさらずとも……」
「そうは言っても我々からみれば、あなたも大陸の人間だ。手放しで信用はできまい」
里田は警戒を解かないまま、クロムに伝えた。
「お二人はもう何度も大陸へ渡っているようですが、大陸の伝承などを耳にしたことはありますか?」
クロムの言葉に鴇重はパオロの話しを思い出した。
泉翔で言う鬼神のような存在があることや、三人の賢者がいるということを。
誠吾も里田も、やはり伝承を耳にしたことがあるのか、小さくうなずいている。
「例えば……賢者の存在が、ティーノさんを守ることを約束するとしたら、どうでしょうか?」
「賢者……というと強い術師か……? それは確かに守ってくれるのならば多少は……」
「だが、それが味方になって守ってくれるなど、なぜわかる?」
二人が疑問に思うのももっともだ。
鴇重も、会ったこともない賢者が、自分を守ってくれるなどとは思えない。
「……私がそうだからです」
クロムの言葉に鴇重は言葉を失った。
このことは、レリアは知っていても、パオロたちは知らないだろう。
恐らく重要なことなのに泉翔人の自分たちに伝えてくるとは。
「私は立場上、争いには関与しません。一国に与することも。ティーノさんの情報が流れることは皆無です。もちろん、どうにもならない不測の事態などもあるでしょう。ですが、可能な限り力になると約束します」
誠吾と里田は判断を迷っているのか、黙ったままだ。
「誠吾、頼む。残る以上は無茶なことはしないし、なにかあればすぐに逃げられるよう算段もつけてある」
誠吾は深く大きなため息を漏らした。
やはり反対なのだろうか。
その場合、鴇重は拘束でもされて無理やり泉翔へ戻されてしまうんだろうか。
「鴇重、私はやっぱり賛成はできない。けれど……おまえが幸せになるのを邪魔することもできない」
泉翔の仲間たちにはもとより、誠吾にも最低でも年に二度は連絡を寄こすようにという。
それに関しては、諜報たち独自の連絡手段を使えば、鴇重には容易い。
「それと……毎年、豊穣の時期には必ず立ち寄るから、会う時間を作ってくれるな?」
「当たり前だ。今日を
別れる前に、これからの連絡手段や毎年の豊穣で会う際の詳細を決めた。
先のことを思うと多少の不安はあるけれど、よほどのことがなければ、危険はないだろう。
ただ、懸命に生きていくだけだ。
去っていく誠吾と里田の背中を見えなくなるまで見送ってから、クロムとともに街へと戻った。
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