第6話 穏やかな時間

 翌日も朝はパオロたちの狩猟につき合い、午後はクロムが迎えにきて、薬草の仕分けを手伝いに出かけた。

 作り置きをしているというだけあって、確かに量が多い。


「ティーノさんはこの街にいつまで滞在を?」


 作業をしながら、不意にクロムに問われた。


「明日の夕刻には発つ予定です」


「住んでいらっしゃるのは遠い街なんですか?」


 遠い街、という言葉にドキリとする。

 クロムのいう『遠い』という感覚がどの程度を指すのかわからないけれど、鴇重が暮らしている街は、彼の想像以上に遠い。

 なにしろ海を越えるのだから。


「そう……ですね。ですので、パオロさんのところを訪ねるのも久々で……」


 苦笑いで濁した。

 今日も開け放たれた窓の外を通り過ぎるロマジェリカ人たちが、時折、会釈をしてくれる。


「私もこのような仕事をしているので、あちこちへ行きますが、どこも外見が泉翔の方々は暮らしにくそうですよね」


「え……ああ、そうですね……」


 今回、パオロたちの暮らしを目の当たりにして本当に驚いた。

 あんなにも悪意を持ってみられることがあるなど、考えもしなかった。


 パオロは『ロマジェリカ人は血を重んじる人が多いんだよ』といっていた。

 それはきっと、泉翔の外見だからというだけではなく、ヘイトや庸儀の外見が混じっている人たちも同じなんだろう。


 この大陸において、どの国にも他国の血が混じっていない人がどれだけいるんだろうか。

 少なくはないだろうけれど、多いとも言い切れないだろう。


 国境があるとはいっても、行き来や交流がまったくない訳じゃない。

 人種が違っても同じ人間同士、惹かれ合って血が交わることは、おかしなことじゃあないはずなのに。


「立ち入ったことをお聞きしますが、ティーノさんはご両親は?」


「両親はもうずいぶん前に亡くなっています」


「では、今はお一人で?」


「ええ、まあ……」


 なんだって突然、そんなことを知りたがるんだろうか。

 また、窓の外からロマジェリカ人が「こんにちは」といって通り過ぎていく。


「でしたら、この街にこのまま残ってくれればいいのに」


 粉末状にした薬草を、次々に大鍋に入れると火をかけ、クロムは鴇重に笑顔を向けてきた。


 ――残る? 俺がここに?


「そうしていただけると、私もですが……姉さんも喜ぶと思うんですけど」


「レリアさんが?」


 心臓を鷲づかみにされたかと思うほど、ギュッと痛みが走った。

 明日にはこの街を離れるのに、離れがたさを感じているのは確かだ。


(俺は……レリアさんを好きなんだろうか……)


 ここへ来るのはたぶんレリアやクロムにとって良くないと思うのに、誘われたからといってイソイソやってきている。

 レリアが鴇重をどう思っているのか、考えると胸が苦しい。

 モヤモヤとした思いが広がった。


 コツコツとノックが響き、またお茶を手にしたレリアが入ってきた。

 昨日と違ってお茶のほかにみたことのないお菓子が出される。

 ありがたくいただきながら、クロムも交えて雑談をかわした。


 二人の穏やかな口調が、流れる時間をゆったりと感じさせる。

 居心地がいいから、余計に離れがたく感じるのだろう。


「姉さん、私はさっき、ティーノさんにこの街へ残ってくれたらいいと、誘ってみたんだよ」


「クロム……! 馬鹿なことをいうものではありません。ティーノさんはお仕事でいらしているのに」


「だって姉さん、この数日ずっとティーノさんの話しばかりじゃあないか」


「えっ……?」


 レリアがクロムの腕をたたき、鴇重に向かってすみません、と頭をさげた。


「クロムが失礼なことを……ご迷惑ですよね。本当に申し訳ありません」


「いえ……迷惑だなんてことはなにも……」


「ほら、ティーノさんもこう仰ってる。残ってくれれば嬉しいくせに……姉さんはどうやらティーノさんを気に入ったようなんですよ」


 鴇重の顔が燃えたように熱くなる。

 きっと赤くなっているに違いない。

 急に暑くなった気がして、汗が止まらずハンカチで額を拭った。


「またクロムは……! 本当にすみません。どうか気になさらず……」


 レリアに腕をつねられて、クロムが苦笑いで鴇重をみた。

 鴇重は身の置き場に困って、焦りながら話題を変えた。


「昨日も思ったんですけど、このお茶はもしかすると、薬湯の一種ですか?」


「ええ、そうなんです。多少ではあるのですが、疲れを癒す効果があるんですよ」


「へえ……」


「ティーノさん、良く気づきましたね?」


「今日、すり潰していた薬草の中に、似た香りのものがあったので……それに、苦味があるのに飲みやすい」


「そうなんです。クロムの作る薬湯がどうしても駄目だと仰るかたには、こちらをお出しするんです」


「回復力は、私の薬湯のほうが断然いいんですよ。ただ、まあ……臭いと味が少々……」


 昨日の臭いを思い出す。

 あれでは確かに飲みづらいだろう。

 笑いながらカップに口をつけ、思わずつぶやいた。


「ああも強烈な臭いは泉翔でもなかなか出会わない……」


 二人の笑いがぴたりと止まり、口をつぐんで真顔になった。

 ハッとしてカップを置くと、鴇重は慌てて腰をあげた。


「……すみません。今日はこれで失礼します」


 そのまま逃げるようにドアを開け、急ぎ足で路地を歩いた。

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