第5話 薬師の手伝い
「やっぱり支援があると違うな」
「ああ。今回はティーノのおかげで大猟だ」
「少しでもみんなの手助けになったのなら良かったよ」
「少しどころか……ティーノがあんなに釣りができるとは思わなかったからな」
狩猟だけでなく、今回は釣りをしたいとパオロが言いだしたとき、ディエゴが渋い顔をしたのが気になっていた。
二人とも、釣りはどうもうまくないといって、ろくに釣れなかったけれど、鴇重は大物から小物まで、数十匹も釣りあげた。
「あまり生き物はいないと思っていたのに、魚は意外といるんですね」
「そうなんだ。なのに、この辺りでは川釣りをあまりしないんだよ」
「だから、これが重宝されるんだ」
「へえ……そうなんですね」
荷台に積んだ戦利品を降ろしていると、後ろから人の気配を感じて振り返った。
立っていたのは長身に長髪の若いロマジェリカ人男性で、ニッコリとほほ笑んでいる。
「こんにちは。釣りに行かれていたんですね」
「あ……ああ、こんにちは。ええ、今日は狩りと釣りで……」
「なんだ? クロムじゃあないか。今日はどうした?」
「いや、それよりクロム、しばらくここへは近づかないほうがいいと、レリアさんに言っておいたはずだぞ」
降ろした荷をのぞき込みながら、クロムは穏やかに笑った。
年齢にそぐわない落ち着きを感じる。
昨日、名前が出たクロムという人物が、こんなに若いとは思わなかった。
「姉はそういわれたようですけど、私は特になにも言われませんでしたし……」
「馬鹿だなぁ……レリアさんに言えば当然クロムも同じだろう?」
「そんな……それに、ちょっと用があったものですから」
「用?」
クロムの視線が鴇重に向く。
レリアと同じ琥珀色の瞳だ。
姉、ということは姉弟なのか……。
なぜかホッとする感情が胸をよぎった。
「ティーノさん、ですよね? お疲れのところを申し訳ないのですが、少しばかり手をお借りしたいんです」
「俺に……ですか?」
パオロたちをみると、ごく普通の表情でうなずいている。
行けということだろうか。
警戒している様子もないから大丈夫なのだろうけれど、少しばかり不安だ。
それでも、昨日のことを思うと、なにか力になれるのならと思い、クロムについていってみることにした。
連れてこられたのは、街の中心を支点に、パオロたちの住む一角とちょうど真逆の南側にある場所だった。
この辺りも、そう裕福ではない家庭が多いようで、細い路地に家が密集している。
その中でも比較的大きな家に招かれて中へと入った。
中は、様々な植物が所狭しと吊るされている。
乾燥させて薬にでもするのだろうか。
「突然にすみません。今、隣で姉が街の人たちの治癒にあたっているのですが、薬の対応が間に合わなくて」
「……あの、俺はなにを手伝えば……? 薬に関する知識などないのですが」
「それは構わないんですよ。ただ、煎じるための薬草の仕分けなどをお願いしたいんです」
クロムは机に置かれたメモを鴇重に渡してくる。
それに書かれた薬草を、吊るされた中から取り出してきて、計りにかけてひとまとめにしてくれという。
吊るされた薬草には、それぞれ名前の書かれた札がかかっていて、すぐにどれかわかるようになっている。
「なるほど……これなら、俺にもできそうです」
「集め終わったら、それぞれをすり潰して粉末にしていただけますか」
「はい」
せっせと作業を始めていると、開け放たれた入り口のドアや窓から、通り行くロマジェリカ人が眺めみていく。
中には鴇重に会釈をしてくれる人もいる。
なんだかよくわからないまま、とりあえず鴇重も愛想よく見えるように、笑顔で会釈を返した。
コツコツとノックが響き、隣の建物へと続くらしい扉が開かれた。
入ってきたのはレリアで、手にしたトレイにカップとポットが乗っている。
「ティーノさん、クロムが突然すみませんでした。お疲れでしょう? ひと休みなさってください」
そういって手ずからお茶を入れてくれた。
正直、そう大した仕事ではないと思っていたけれど、すり潰す作業は地味に体力を削ってくれた。
「ありがとうございます。ごちそうになります」
早速、口をつけると、泉翔では味わったことのない味と香りを感じた。
少し苦味があるのに、妙にスッキリとしていて飲みやすい。
なんのお茶なのかを聞こうとしたとき、開いた窓から強烈な臭いが漂ってきた。
「……もう。クロムったらまた。すみません、嫌な臭いでしょう? クロムが薬湯を煮ているんですよ」
「薬湯、ですか……確かに凄い臭いですね」
「自分の家でやりなさいっていっているんですけど……運ぶのが大変だとかで……」
クロムは城から離れたジャセンベルに近い街に暮らしているという。
薬師として修業をしながら、薬を作りにこの街へ来るそうだ。
「作り置きをしてくれるものですから、作業の手が足りないことがしばしばで……ですから今日は本当に助かりました」
「いえ、そんな……お役に立てたのなら……昨日はご迷惑をお掛けしてしまいましたし……」
恐縮してしまってろくに顔をみることもできない。
窓の外に目を向けると、細い路地に並ぶ建物を、夕焼けのオレンジが染めている。
暗くなる前に失礼しなければ。
「あの……」
鴇重が口を開いたのと同時に、レリアも言葉を発した。
「あ……すみません、どうぞ」
「いえ……ティーノさんこそ」
互いに恐縮し合ってしまい、どちらも次の言葉を継げずにいると、バタンとドアの開く音がして驚いた。
「どうしたんです? 二人して押し黙って」
クロムがやってきて、鴇重とレリアをみるとそういった。
腰をあげるタイミングを失っていた鴇重は、席を立つとそろそろ失礼する旨を伝えた。
「姉さん、送って差しあげたほうがいい。暗くなると物騒だ」
「そうね。じゃあ、ちょっと出てきます」
「いや、そんな……遅くなってはレリアさんのほうが危ないんじゃ……」
断ろうとするも、クロムに押し出されるように家を出されてしまった。
日が傾いて薄暗くなった路地をレリアと並んで歩く。
通り過ぎる人たちは、レリアをみるとにこやかに会釈をする。
きっと街の人々からの信頼が厚いのだろう。
時折、鴇重に訝しげな視線を向けてくる人もいるけれど、昨日のようなあからさまな悪意を向けてくる人はいなかった。
数十分、歩きながら薬草の話しや狩猟の話しなど、雑談を交わした。
楽しいと思う時間はあっという間で、もうパオロたちの集落の前まで来てしまった。
「それでは、私はこれで……」
「ありがとうございました。帰りはくれぐれも、お気をつけて」
会釈を返して路地を戻っていくレリアの後ろ姿がみえなくなるまで、鴇重はその場から動けずにいた。
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