第4話 迂闊

「……レリア。こいつらをかばうのか?」


「庇ってなどおりません。事実を申しているまでです」


「事実?」


「ええ。こちらのかたには、クロムへの連絡をお願いしておりました」


 にわかに野次馬たちがざわめいた。

 鴇重にはクロムというのが誰のことだかわからない。

 パオロたちもレリアの真意を測りかねているのか、不安そうな表情をしている。


「急遽、採ってきてほしい薬草の種類が増えましたので。私は今、式神を飛ばせるほどの余裕がなかったのです」


 薬草と聞いたからか、街の上役たちはなにかを納得したように、渋々と引き下がった。


「……混血が。紛らわしい真似をするんじゃない」


 鴇重の横を通り過ぎるとき、上役の一人がそういった。

 あからさまに向けられる悪意に、少なからずショックを受けた。

 パオロたちは、いつもこんな中で暮らしているのか――。


「みなさん、大丈夫ですか?」


 不安げに散っていく野次馬たちを見つめていたパオロに、レリアが近づいた。

 マッテオが警戒した面持ちで、レリアを制した。


「大丈夫。我々は大丈夫です。それよりレリアさん、さっきのは一体……」


「クロムさんに連絡をしたなどと……なぜそんなことを……」


 ディエゴもマッテオと同じように警戒しながら、鴇重を庇うように前に立った。

 レリアもその雰囲気を察したのか、申し訳なさそうな顔でうつむいた。


「余計なことをしてしまったでしょうか?」


「余計だなどとは……ただ、なぜ俺たちを庇ってくれたんです?」


 パオロがここにいる鴇重たちがみな思っていることを聞いた。

 鴇重はうっすらと、レリアは全部わかっているんじゃあないかと思った。

 そうでなければ、あんなに殺伐とした中に、嘘をついてまで割り込んでこないだろう。


「みなさんが他国に情報を流すなど、するはずがないのは……普段の様子をみていればわかります」


 レリアは消え入りそうな声でそう答えた。

 その姿に鴇重は罪悪感からか、胸がギュッと痛んだ。


 確かにジャセンベルや庸儀、ヘイトに情報を流しているわけじゃあない。

 けれど、泉翔に持ち帰っているのは事実で、自分たちは紛れもなく泉翔の諜報だ。


「庇っていただいたことには感謝します。ですが……レリアさんはもう、あまりここへは近づかないほうがいいでしょう」


「そうですね。私たちの仲間だなどと言われては、ご迷惑をおかけすることになってしまいますから」


 ディエゴもパオロの妻であるソフィアもそういった。

 確かにこの街でそんな目で見られることになれば、レリアも生きづらいだろう。

 ただ突き放すだけでなく、本心から心配しているのがわかる。


 レリアにもそれが伝わったんだろう。

 一瞬、鴇重に目を向けてくれ、視線が合う。

 静かに頭を下げると、中央部へ続く道を戻っていった。


 うしろ姿を見つめながら、もう会うこともないんだろうな、と漠然と思った。

 数日もすれば、誠吾も戻ってくる。

 泉翔へ戻れば、次にここを訪れるのはいつになるのかもわからない。

 数年後か、あるいは十数年か……。


「ティーノ、このまま情報をここへ残しておくと危険かもしれない。マッテオが二つ先の村へ運んで式神を飛ばすから、メモをまとめよう」


「……はい」


 さっき隠した資料も一緒にまとめ、マッテオが車に積み込んだ。

 向こうには、外見がロマジェリカ人のアドリアーノとラウルが待っていてくれるそうだ。

 二人なら怪しまれずに海岸に近い街まで移動できるし、そこから式神を飛ばすという。


 鴇重の迂闊さのせいで、今後パオロたちが今まで以上に生きにくくなるんじゃあないか。

 レリアとの交流もしにくくさせてしまった。

 情報さえも、ほかの諜報たちの力に頼って持ち帰ることすらできない。


「俺は一体なにをしにここへ来たんだ……」


「ティーノ、そう気に病むな。俺たちはそう滅多なことにはならないんだから」


 パオロもディエゴもそういって笑う。

 いざともなれば、すぐに逃げられる算段はつけてあるそうだ。

 そうさせてしまう可能性を作ってしまったことが悔やまれてならない。


「自分の仕事さえろくにこなせないなんて……みんな、本当に申し訳ない……」


「大丈夫。心配するな。それより……残りの日数が手持ち無沙汰になるな」


「パオロ、せっかくだからティーノにも狩りの手伝いをしてもらおうじゃあないか」


「そうだな、そうしてくれると助かるんだが、どうだ?」


 水を向けてくれたパオロとディエゴにうなずく。

 なにかをしていないと、後悔で押し潰されそうだった。


 幸いにも鴇重は今でも道場に通っていて、腕に覚えはある。

 武器も弓だから、剣のパオロやディエゴの支援にちょうどいいだろう。

 翌朝、二人について車に乗り込み、山へと向かった。

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