第3話 巫者 ―シャーマン―

「ティーノの言っていたのはレリアさんだったんだな」


 帰っていくレリアの後ろ姿を眺めていると、パオロがそういった。


「はい。パオロさんはあの女性と知り合いだったんですか?」


「ああ。あの人は、この街に住む巫者ふしゃの一人なんだ」


「巫者……ですか?」


「泉翔でいうところの巫女さまのような……いや、ちょっと違うか」


 パオロは巫者は巫女と医者を掛け合わせたような存在だといった。

 巫者の得意とする術は、回復や治癒だそうだ。

 泉翔では回復術は、小さな傷を治したり体力を回復したりする程度で、病気や大きな怪我は医療所で先生がたが治療にあたる。


「大陸には、このロマジェリカの巫者や、庸儀のシャーマンなどがいるんだが、巫者は特に治癒に強いんだよ」


「へえ……」


「それにな、大陸には賢者さまも三人いらっしゃってな。彼らの術も、回復だけにとどまらず、かなり強力だそうだ」


 パオロが声をひそめて言う。

 ほかにも大陸には古い伝承があって、強い能力を持った人間が現れることがあるという。

 鴇重はそれを聞いて背筋がひやりとした。


「そんなのが泉翔侵攻に手を貸したりしたら、泉翔は危ないんじゃ……」


「そこはそれ、伝承というだけあって、今は誰も出ていない。泉翔で言う鬼神のようなものかな。それに、賢者さまたちは争いごとには関わらないそうだ」


 今、賢者はジャセンベルとヘイト、ロマジェリカに一人ずつ存在しているけれど、この大陸での争いごとにも、一度たりとも関わったことがないという。

 それぞれが、それぞれの国に加勢などしていれば、大陸はもっと荒み、どこかの国は亡国になっているだろう、と。


「それもそうか……」


「レリアさんたち巫者の方々も、それにならって争いごとにはくみさないそうだ」


 それを聞いて、鴇重はホッとした。

 敵として相対することはないのなら、あいさつ程度のつき合いは問題ないだろう。


「レリアさんの場合は、人柄も良いし、弟ぎみが薬師やくしでな。この街ではだいぶ頼りにされているんだよ」


「なるほど。確かに人のさそうな女性でしたね」


 とうに姿は見えなくなったのに、鴇重はついレリアの去った道の先へ目を向けてしまう。

 レリアはこのあと、巫者の力で誰かを治癒してやるのだろうか。

 術を使うとそれなりに疲労がかさむけれど、そんなに強い治癒をおこなって、疲労したりしないのだろうか?


 前回、鴇重がロマジェリカに来たのは五年ほど前のことで、そのときは単純にデータの引き取りだけだったから、巫者の存在すら知らなかった。

 泉翔と大陸の各国では、習慣や術の使い方に大きな差異があるようだ。


 万が一にも捕えられてしまうようなことがあった場合に、大陸に情報が漏れないよう、泉翔のやり方を伝えることはないけれど、こうして泉翔側に大陸のやり方が伝えられることもある。


 だからといって、それを泉翔に持ち帰って大っぴらにすることもない。

 泉翔で自分が諜報であると広まるのは困るからだ。


 稀に大陸の諜報が紛れてくることがあり、こちらが特定されると不都合が生じるばかりか、大陸に残っている諜報の人たちも危険に晒されるかもしれないからだ。


「本当ならなぁ……レリアさんをお茶にでも誘え! って焚きつけるところなんだがなぁ……」


「なにを言っているんですか。そんなことをしたら、迷惑をかけてしまいますよ」


「そんなことはないさ。ただ、この国は他者に対して少しおかしい。ヘイトやジャセンベルは、こんなんじゃないんだけどな」


 パオロは諜報の関係で、他国に行商を装って出かけていくことがあるという。

 先祖代々から伝わっている移動のルートや街、村など、訪れる場所はだいたい決まっているけれど、ロマジェリカにいるときのような扱いは受けたことがないという。


「レリアさんは独り身だし、ティーノもだろう? 俺の気に入った二人が親しくなってくれると嬉しいが……」


 そうか、レリアさんは独り身なのか。

 なぜかホッとしている自分がいて、そんな感情が湧きたったことに驚いた。


「この街は中心にロマジェリカでは位の高い奴らが暮らしているものだから、俺たちみたいな外見にキツイしうるさいんだよ」


「ああ……宿は危ないって、そういう事情もあったんですね」


「まだ常からここに暮らしている俺たちは、顔が知れているからいいんだけどな。ティーノはそうじゃないから、どんな言いがかりをつけられるか、わかったもんじゃあない」


 そうなると、あまりレリアには近づかないほうが良さそうだ。

 幸いにも彼女の住居は、ここと反対側にあるようだから、鴇重がここから動きさえしなければ、迷惑をかけることもないだろう。


 パオロと二人、またデータを広げてメモ書きを加えていく。

 完成した順から、鴇重は紙の片隅に術式を記し、ハトの式神へ変えて沖で待つ船へと送った。

 地図など大きなものは手持ちになるけれど、小さな用紙のものは手早く安全なところへ保管したかったからだ。


 いつもなら街を出て少し離れた場所から飛ばすのを、この日はパオロの自宅から飛ばしてしまった。

 何度もハトが飛び立つのを怪しまれるのは当然で、しばらくすると中央部に住む街の上役らしき男が数人やってきた。

 先に気づいたソフィアやほかの諜報たちが手早く地図と書類を持ち出して隠す。


「きさまたち、ここで一体なにをしている?」


「私たちはここで明日からの狩りの打ち合わせを……なにかあったんでしょうか?」


「狩りだと?」


 隣やはす向かいに住むディエゴとマッテオもパオロに合わせてうなずいている。

 彼らは普段から、近くの森や山で薪拾いをしながら狩猟を営んでいた。

 街で売られている家畜の肉以外は、ほとんどがパオロたちの狩った動物の肉だ。


「狩りにハトが必要か?」


「怪しいやつらめ……混血どもが他国にロマジェリカの情報を流しているのではないのか!」


「そんな……情報を流すだなんてとんでもない」


 だんだんと野次馬なのか、街の人々も集まってきた。

 中にはやはり混血に良い感情を持たない人もいて、物騒なことを口にしている。


――引っ立てて口を割らせればいい――


――怪しいやつらは全員拷問にかけてしまえ――


 鴇重が迂闊うかつだったばかりに、パオロにとんでもない迷惑をかけてしまう。

 全身が震えるほどの恐怖を感じるけれど、黙ってやり過ごすのは難しそうだ。

 いっそ、鴇重が一人で咎を負えば――。


「それは私がお願いしたのですよ」


 野次馬の後ろから声が響き、割れるように人波が分かれた先に、レリアが立っていた。

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