第2話 街はずれの人々

 この街はロマジェリカの中でも比較的、豊かな街だと聞いていた。

 住居の数もなかなかに多い。


 北側の街はずれにひっそりと、街なかに比べると小さな家が密集している場所があった。

 ここに泉翔の血を引く人々が暮らしている。

 その昔、連れ去られて奴隷のように扱われていた名残りだという。


「パオロさん」


 軒先のきさきで薪を割っていた男に声をかけた。

 顔をあげた男の表情が、しわくちゃの笑顔に変わる。


「ティーノか! 久しぶりだなぁ! そうか、今回はおまえか」


「はい。ご無沙汰しています。お元気そうでよかった」


 ティーノは鴇重ときしげの大陸名だ。

 大っぴらに泉翔での名を名乗れないときに使っている。

 パオロは家の中に入るよう促すと、中にいる家族に声をかけた。

 出てきた奥さんのソフィアに手みやげを渡すと、あの女性が言った通りとても喜んでくれた。


「良くこれを買ってこようと思ったな? いつもはだいたい、表通りで買ったものをいただくんだけどな」


「街に入る前に落としものを拾いまして、それを探していた女性に会ったので、手みやげに良いものを教えてもらったんですよ」


「そうか。で? その人の名前は聞いたのか?」


「それが……すっかり失念してしまって……」


 鴇重は心の底からがっかりしていた。

 買いものを済ませてお礼を言ったはいいけれど、見惚れてしまって名前を聞かないまま別れてしまったのだ。

 遊びに来たわけじゃあないのだから、聞く必要もないのだけれど。


「それは残念だったな。まあ、縁があればまた出会うさ」


 パオロはそういうと、早速、集めたデータを寄こしてきた。

 それをテーブルに広げ、メモ書きを加えていく。

 蓮華や諜報たちが大陸を訪れたときに使えるポイントや、その際の車と荷物の隠し場所、立ち寄っても安全な街の位置やルートの詳細だ。

 これらのほかに、城や国内の状況、皇帝が示す泉翔への関わりかたなど、多岐にわたる。


 ロマジェリカ中に散らばった、定住している諜報たちの手で集められたデータが、今、このパオロの家にすべて集まっている。

 鴇重はこれを受け取りにきた。


「今夜はうちに泊っていくだろう? ティーノの顔じゃあ宿は危ないからな」


「やっぱりそうなんですか?」


「ああ。ロマジェリカ人は血を重んじる人が多いんだよ」


 あけっぴろげにされている顔で判断されることがほとんどらしい。

 こんな街の外れに追いやられるようにして住んでいるのも、そのせいだという。

 けれど、逆に血が混じって外見がロマジェリカ人と変わらないと、すんなり受け入れられるそうだ。

 そこを逆手にとって、純血のふりをして遠い街に引っ越している仲間も多くいるといって、パオロは大笑いをした。


「だいぶ中枢まで食い込んでいるヤツもいるもんだから、比較的、詳細が獲れているはずだ」


「助かります。ありがとうございます」


「とりあえず、今夜はこの辺にしておいて、続きは明日にしよう。今回は何日だ?」


「五日です」


「そうか……それなら少し、ゆっくりできるな」


 案内された寝室で、鴇重は横になると吸いこまれるように夢の中へ落ちた。


 ――翌朝。


 窓の外から賑やかな声が響いてきて、鴇重は眠い目をこすりながらカーテンを少し開いて外をみた。

 パオロやその妻のソフィアたちと楽しそうに話しをしているのは――。


「あの女性ひとだ……」


 カーテンに顔を半分隠して覗き見た。

 どうしてここにいるのか。

 パオロたちと親しげなのも気になる。

 ひょっとすると泉翔人の混血なんだろうか?


 視線を感じたのか、彼女が振り返り、鴇重は慌てて身を隠した。

 見つかってしまっただろうか? 緊張で胸が鳴る。


 コツコツと窓をたたかれ、鴇重は観念してカーテンを引いた。

 窓の向こうに立つ彼女に会釈をしてから窓を開けた。


「おはようございます。昨日はありがとうございました」


「いいえ。昨日、こちらのほうへ向かわれたので、もしやと思って訪ねてしまいました」


「俺を……ですか? えっと……もしかしてあの石が壊れていた……とかでしょうか?」


 頭の中に再び『弁償』の二文字がよぎる。

 一体、どのくらいの価値があるんだろうか……?

 冷や汗が背筋を伝わる鴇重に、彼女はクスリと笑って首を横に振る。


「壊れてなどいません。ただ……お名前を伺うのを忘れていたので……」


「えっ? それだけ?」


 彼女は目をしばたいて鴇重をみてから、頬を染めて視線を落とした。


「……すみません。ご迷惑でしたでしょうか……?」


「あっ……そういう意味ではなく……実は俺も同じことを思っていたんです。お名前、聞きそびれてしまったなって」


 ホッとした表情をみせる彼女の後ろで、パオロがニヤニヤ笑っている。

 なにが可笑しいというのか。


「私はレリア・フライザーと申します」


「俺はおさ……ティーノ・ルンゴです」


 危ない……泉翔名をいうところだった。


「ティーノさん……ですか。この街にはしばらく滞在されるのでしょうか?」


「予定では今日を含めて四日です」


「そうですか……」


 彼女は一言だけつぶやくと「突然お伺いしてすみませんでした」といい、パオロに挨拶をして街の中心部へ帰っていった。

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