長田鴇汰

第1話 ロマジェリカ国

「さてと……それじゃあ誠吾せいご、また五日後に」


「ああ。鴇重ときしげ、おまえも十分に気をつけて過ごせ」


 泉翔せんしょうから船に揺られてひっそりとロマジェリカの地を踏んだ。

 人けのない岩場から慎重に進んで丸一日。

 ロマジェリカの城に近い街の付近で、長田鴇重おさだときしげ蓮華れんげである幼なじみの高田誠吾たかだせいごとその先輩の里田一成さとだかずなりの二人と別れた。


「大丈夫。こっちに定住している諜報のかたがたとは、しっかり連絡が取れているからね」


「そうだろうが……いかんせん、城が近い。敵兵も多いじゃあないか」


「まあね。けどさ、意外と外見が泉翔人も多いんだよ。だから思うほど危なくはない」


 その昔、まだ泉翔が大陸と一つだったころ、各国に連れ去られた泉翔人たちが生き抜いてきた証であるかのように、見た目は泉翔人と変わらない人々がいる。


「それはわかるが……」


 誠吾も里田も鴇重を心配してくれているのはわかる。

 ただ、鴇重はロマジェリカで定住している諜報からデータを受け取るだけだ。

 兄神あにがみさまのほこらまで行き、豊穣ほうじょうを執り行わなければならない二人に比べれば、どう考えても安全だと思う。


「まあ、なにかあったら式神しきがみを飛ばすよ」


 そういって二人の背中を押した。

 遠ざかっていく車を見送ってから、手にしたメモをもう一度しっかり確認して歩きだす。

 街がみえて近づくとともに鴇重は少し緊張してきた。


 歩みを進めていると、なにか固いものを踏んだ感触が足に伝わった。

 立ち止まって足の裏をみるも、靴底にはなにもついていない。


「……なんだこりゃあ?」


 たった今、足をついていた場所に八角錐はっかくすいに加工された、琥珀こはく色の石があった。

 こんな形のものを踏めば、そりゃあ足に違和感ものこるだろう。

 拾い上げてみると、先端が欠けている。


「やば……俺が踏んじゃったせい……かな……?」


 加工してあるのだから、きっと誰かの持ちものだ。

 ふと「弁償」の言葉が頭をよぎる。


「うわ~……マズいな……こっちのお金、そんなに持ってきていないのに……」


 どこか遠くにでも放り投げてしまえばいいのだろうけれど、探している人がいるかもしれないと思うと、それもできない。

 ため息をこぼしつつ街の入り口まで来ると、若草色の足首まで隠すほど長い衣をまとった女性が、なにかを探しているように腰をかがめてウロウロしていた。


 鴇重は足を止め、目を閉じて空を仰いだ。

 あの人はきっとこの石を探しているに違いない……。

 欠けさせてしまったのを知ったら、平手打ちでもされてしまうだろうか……?


「あの……探しものですか?」


「えっ……あ……はい」


 突然声をかけられて戸惑った様子の女性は、鴇重の頭の先からつま先まで眺めみてきた。

 ロマジェリカ人特有の琥珀色の瞳は、まるで手にしている石のようだ。

 栗色の長い髪を緩めに編んで束ねていて、それは絹糸の束のようにみえる。


(美しい人だ……)


 目を奪われて黙ったまま突っ立っている鴇重に、女性はおずおずと声をかけてきた。


「……どうかなさいましたか?」


 ハッとして握りしめた手を差し出し、石をみせる。


「もっ……もしかして、お探しのものはこれでは?」


「ああ! そうです、それです! 拾ってくださったんですね? ありがとうございます」


 女性は鴇重の手のひらから石を受け取ると、ありがとうと言って何度も深く頭をさげた。

 首から下げた紐の先に、金具だけが揺れていて、気づいたら石だけを落としてしまって困っていたという。


「いえ……あの……実は俺……それを踏んでしまって……先端が欠けてしまったんです」


「ああ、これ。大丈夫ですよ。ここは削ってあって、最初からこうなんです」


「えっ……? じゃあ、壊してしまったわけでは……」


「はい。先端が尖っていると危ないでしょう? ですからわざと削ったんです」


 ホッとため息がこぼれた。

 壊してこの女性が困ることにならなくてよかった。

 弁償云々ということではなく……いや、少しはそれも心配したけれど。


 喜んでいる女性を見つめていると、彼女は鴇重に「なにかお礼を」と言いだした。

 踏んでしまって、たまたま見つけただけだ。

 お礼だなんてとんでもない。


「ですが……」


「あ……そうだ。それでは、一つお願いが……実は人を訪ねてきたんですが、手ぶらでして。なにか手みやげを買えるようなお店を紹介していただけないでしょうか?」


「それは……もちろん構いませんが、そんなことでよろしいんでしょうか?」


「はい。俺にとってはとても助かることなんです」


「そうですか? ……では、こちらへ」


 街へ入り、細い通りをいくつか抜ける間に、女性は鴇重に相手のことを尋ねてきた。

 最初はいろいろと答えていたけれど、不意に不安が過る。

 一般人のようだから警戒していなかったけれど、ひょっとすると鴇重と似たような立場の人ではないか?


 鴇重を怪しんで、詳細を聞きだそうとしているんじゃあないだろうか?

 そういえばだんだんと、細い路地に入っていく気がする……。


「どうぞ、こちらです」


 案内されたのはカラフルなテントの露店が並ぶ狭い通りだった。

 甘い花の香りや独特なスパイスみたいな香りも漂ってくる。


「お伺いしたところ、お子さんがいらっしゃるようなので、フルーツなど喜ばれるのではないでしょうか?」


 女性は数軒先のテントで売られている、泉翔ではみたことのない鮮やかな紫色の実を手にして、鴇重に手招きをする。

 その姿にまたホッとした。


「この通りは表通りと違って値の安いものばかりですが、良い品が多いのです。このあたりに住まわれているかたでしたら、こちらで購入されたもののほうが喜ばれるんです」


 彼女はそう説明してくれた。

 さっきいろいろ聞かれたのは、怪しまれたからではなく、純粋に最適な手みやげを考えていてくれたからか。

 鴇重は胸のうちがほんのりと温かくなるのを感じた。

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