第8話 まなむすめ

 高田の計らいで、それから二カ月のあいだは隆紀も部隊を外されることになった。


「高田隊長、どうしてですか? 麻美はもう少し復帰には時間がかかりますが、俺は……」


「おまえたち、二カ月のあいだによく話しをして、まずは家族としてしっかり絆を深めろ。また同じようなことがあっては、第四部隊にも障りがでてしまう」


 揃って二カ月休んだあとは、一カ月ごとに交代で部隊に戻れという。

 麻美はブランクが長くなってきているから、勘を早く取り戻すためにも、そのほうがいいだろうと高田は判断したようだ。

 実際、隆紀が家にいてくれると麻美は助かるし、ありがたいと思う。


「完全に休みっぱなしのまま数年も経てば、かつてのように動けるまでに何年かかるかわからないだろう?」


「それもそうですね……」


「本気で復帰するのであれば、二人で協力し合ってやっていくのが一番いいに決まっている」


 麻美自身、本当に復帰できるのか不安になってきたところだったから、ありがたく受けることにした。

 二人で本格的に復帰するのは、麻乃が道場に慣れたころにしようと決めた。

 房枝と寛治が、復帰してから家に戻れないときには、麻乃を預かってくれるという。


 両親のいない麻美と隆紀にとって、周りの手助けがあるのは本当にありがたい。

 感謝しなければ、と思う。


 台所で洗いものをしていると、庭のほうから麻乃と隆紀の笑い声が響いてきた。

 洗濯物を干しながら、遊んでやっているんだろうか。

 あんなことがあったけれど、麻乃のほうは麻美といる時間と同じくらい、隆紀のそばにいる。


 隆紀のほうも、ついて回られて嬉しいようだ。

 利き手のことはやっぱり気になるようで、時折やんわりと直してやっていた。


 二歳半を過ぎたら麻乃も修治と同じ小幡道場へ通わせることになっている。

 今はまだ、もう少しだけ三人の時間を持ちたかった。


 おもてから、また声が響いてくる。

 寛治が来ているようだ。

 麻美も洗いものを済ませて庭へ出た。


「隆紀……大人げがなさすぎるぞ? 俺は情けない……」


「いやいやいや、そんなことはないだろう? 俺はね、今のうちからちゃんと……」


 二人がなにかを言い合っているのをよそに、麻乃と修治は仲良く遊んでいるようだ。

 麻乃は今でも、勝手に修治について道場へ行っていることがある。


 そんなにも剣術に興味を持ったのかと思ったけれど、単に修治と一緒にいたいだけらしい。

 置いていかれるのが嫌なのか、泣きながらあとを追っている姿をみることもある。


 今も追いかけっこをしながら、修治に追いつけない麻乃は半泣きだ。

 房枝に似て面倒見の良い修治は、そんな麻乃をみるといつも手を取って引いてくれている。

 麻美はそれをほほえましく思うのだけれど……。


「修治! また麻乃と手を繋いでいるな? まったくおまえは手が早いヤツだ」


「……だからなんでそうなる? 隆紀、おまえは本当にどうかしているぞ?」


 寛治が呆れた顔で隆紀にいう。


「寛治も娘ができればわかるよ……」


 憮然として寛治に返す隆紀は、修治の前に仁王立ちで立ちはだかる。


「いいか、修治。麻乃を嫁にするつもりなら、まずは俺を倒してからだぞ」


 あまりにも真面目な顔でそういうものだから、麻美は吹きだしてしまった。


「隆紀ったら、馬鹿なことを言ってるんじゃあないわよ。そろそろお昼にしようか。寛治と修治も食べていってね」


「悪いな。今日は房枝が柳堀で熊吉と会合に出ているもんだから、修治の飯は俺が作らないといけなかったんだよ」


 居間に移り、みんなで席に着く。

 麻乃が修治の隣に座ったからか、隆紀がムッとした顔でいる。


「いただきます」


 そういってみんなが食べ始めたのを、麻乃はジッとみつめていた。

 隣の修治が器用に箸で食べている姿に目を向けてから、自分の手もとに視線をうつした。

 おもむろに左手に持っていたスプーンを右手に持ち替え、不器用な手つきながらも口へ運んでいる。


 麻美と隆紀は、その姿に目を見張った。


「麻乃が右手で食べている……」


 あんなに隆紀に厳しく言われても、その後もさりげなく利き手を変えるように促しても、なかなか直らなかったのに。


「ちょっと……これって修治のおかげじゃあない?」


「……違うだろ。単に持ち替える時期に来ていただけだよ」


「そんなことないわよ。修治が右手で食べているのをみていたもの。絶対にそうよ」


「違うって! いいか? 修治。俺はこんなことで認めたりしないからな~」


「隆紀……ガキかおまえは。さっきから馬鹿なことばかりいいやがって」


「だって俺の大事な娘だぞ? その相手を選ぼうとなったら、俺を倒すくらいじゃあなければなあ――」


「一体、どれだけ先の話しなんだよ!」


 隆紀の真剣な様子を、麻美も寛治も呆れて笑った。

 当の修治と麻乃は、そんな隆紀と寛治のやりとりなど意に介さず、笑いあってご飯を食べている。

 ほんのりと温かな空気に満ちた食卓に、麻美は涙がこぼれそうになった。


-完-

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