第6話 鬼神の血
麻美はまず房枝のところへ行った。
もしかすると、麻乃が修治のところへ行ったかもしれないと思ったからだ。
けれど、安部家には来ていないといわれた。
柳堀も、小幡の道場にもいない。
とにかく思い当たるところを探していると、房枝があとを追って来た。
「隆紀はどこをさがしているの?」
「知らないわよ! あんなヤツ……!」
「馬鹿! そんなことを言っている場合じゃあないでしょう! 手分けをして早く探さないといけないんだから!」
「……っ! 私、あいつに来るなっていって……」
「じゃあ、一度、家に戻ろう。それから誰がどこへ行くのか決めて探せばいいわ」
急いで家に戻ると、隆紀の姿がない。
「探しに出たのね。うちにも柳堀のほうにも来ていないから……砦や海岸を見にいくわよ」
房枝に促され、向かった海岸に二人の姿があった。
海に入ったのか、二人はずぶ濡れになっていて、波打ち際に腰をおろしている。
駆け寄ろうとした麻美の手を取った房枝が、唇に指をあてて静かに様子をみようといった。
「お父さん、麻乃のこともお母さんのことも大事だから……愛しているから……だから、どこにも行っちゃ駄目だ」
隆紀がそう言い、麻乃が大声で泣き始めた。
隆紀の背中が大きく揺れているのは、泣いているからだろうか。
「……あの様子なら、隆紀は大丈夫なんじゃあない?」
「でも……私は隆紀が麻乃にしたことを許せない」
「じゃあ、本当に離婚する?」
房枝に問われ、言葉に詰まった。
「即答はできないか……まだ愛しているんでしょう? まずは話しを聞いてみたら? 今、寛治が高田さんとシタラさまを呼びに行っているから」
さっき隆紀は『ちゃんと話す』といった。
麻美は聞く耳を持たなかったけれど、ちゃんと聞いてみなければいけないのかもしれない。
そっと二人に近づき、家に帰るのを促した。
麻乃が眠ってから、居間で隆紀を待った。
お風呂から上がり着替えた隆紀に、椅子をすすめて向き合う。
なにを言おうとしたのか聞こうとしたとき、玄関からノックが聞こえ、寛治が高田を連れて入ってきた。
その後ろには、シタラとカサネもいる。
「高田隊長……シタラさま、カサネさままで……ご足労をおかけして申し訳ありません」
麻美は深々と頭を下げつつも、高田とシタラはともかく、カサネまで来ていることに不安を覚えた。
隆紀を振り返ると、隆紀も立ちあがって頭を下げている。
そういえば最近、隆紀は頻繁に神殿に通っていた。
「なにやら大変なことになっていたようだな。気づいてやれずにすまなかった」
「そんな……これは私たち家族の問題ですから……」
「隆紀から話しは聞いたのか?」
「いいえ……」
高田に促されて隆紀が話し始めたのは、隆紀の血筋にまつわる話しだった。
鬼神の血筋だというのは麻美だけでなく、高田も知っているし、房枝たちももちろん、島にも知っている人は多い。
ただ、それが今度のこととなんの関係があるのかがわからない。
「……女の鬼神は左利きなんだ」
隆紀は麻美の目をみて、はっきりとそういった。
「え……だって……鬼神は男だけじゃあ……」
「長いあいだ、男しか生まれなかったから……泉翔の伝承には残っていないけれど、大昔にはいたんだ」
「じゃあ……まさか麻乃が……?」
あまりにも突然の告白に麻美の手の震えが止まらない。
自分の娘が伝承を受け継いでいるなどと、誰が思うだろうか。
「だから……利き手を直したところで、その血を受け継いだことに変わりはないけれど……」
それでも、左利きのままでいるよりは不穏なことが減るかもしれない、だからどうしても早く利き手を直したかったと隆紀はいう。
麻乃にあんな態度を取ったことへの言い訳じゃあないことはわかる。
ただ……。
理解が追いつかない。
黙ったままの麻美に、シタラとカサネがいった。
「そう思い詰めずとも……これまであった伝承のように、その覚醒に不穏なことが起こるなど、まずありえない」
「シタラさまの仰るとおりですよ。国王さまたちも、禁忌である大陸への侵攻などをお考えになるかたではないのですから」
「それはわかります……」
気を張っていないと倒れそうなほど体が震える。
そんな麻美の肩に房枝と寛治が触れた。
今の話しを聞いて、二人がどう思うのか知るのも怖い。
「……麻美。おまえは隆紀がその血筋であると知っても一緒になることを選んだと思っていたが、違うのか?」
「違いません! もちろん承知していました! でも……だからって娘がそうなるなんて……」
「思いもしなかった、だから許せない、そんなところか?」
「許せないなんてそんなことは――!」
高田に問われ、麻美は否定をしたものの、胸の中にモヤがかかったように不穏な思いがあふれる。
こんなことになるなんて思わなかったのも事実だ。
「こういう可能性があることを、ちゃんと話さなかった俺が悪かったよ」
隆紀は思いつめたような表情でうつむいていた顔をあげ、麻美の目をしっかりと見つめてきた。
「麻美、離婚しよう。でも麻乃は俺が引き取って育てるよ。なにかがあったとき、麻美では対処できないこともあるだろうから。それに……」
騙したと思われても仕方がないのはわかっている。
きっと麻美は隆紀を許せないだろうこともわかっている。
隆紀と別れたあとに、ほかの誰かと幸せになってくれればそれでいい。
そういった。
最後の言葉を聞いた瞬間、麻美はカッと頭に血がのぼり、高田やシタラたちが見ていることも忘れ、身を乗り出すと隆紀の横っ面を力一杯、引っぱたいた。
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