面倒くさがりの剣士ジャン
ジャンの朝は早い。
日が顔見せ始める前には外で剣の素振りを始めている。
ギルドに併設されているハンター用の宿舎の庭で、一人剣を振る。
誰にも見られず、話しかけられもせず、一人で集中しながら剣のことだけを考えられる。もちろんトレーニングの一環のため体力は消耗するけど、それでも誰にも干渉されないのはジャンにとって至福の時だ。
昨日までは……。
「今日もいい天気になりそうですね! 私も素振りしようかな~。あっ、見てくださいでっかいモンスターが飛んでますよ! はぁ、なんかお腹空いてきた」
そう、サーシャがすでにいたのだ。
「なんでお前がいんだよッ!」
「お洗濯ですよ」
宿舎には町のハンターや外からやってきたハンターの分の部屋もあるため、シーツは膨大な量がある。さらに、町にモンスターが入ってきたり戦争に巻き込まれた際の受け入れもできるように地下にも部屋があるため、定期的に大量の洗濯をしなければならない。
サーシャは本来六人ほどで時間をかけてやる仕事をまさかの一人でこなした上、時間が余りジャンの素振り姿を近くで見ていた。
「平和ですね~」
「平和って、世の中はいろいろと大変そうだろう」
「そうなんですか?」
「お前、本当に何も知らないのかよ」
「いやぁ~、世の中の情勢というものに疎くて。なにせメイドですから!」
「堂々と言うな! 世の中はいまネクロバーバリアンってやつらのせいでいつ自分らの国がいつ襲われるかわからないんだからな」
「あ~、あの雲おいしそ~」
「人の話を聞け!」
「その目くそババァってのが悪いやつなんですよね!」
「ネクロバーバリアンだ! お前のただの悪口だろ!」
圧倒的な調理技術にただのメイドとは到底言い難い作業スピード。
なのにサーシャはいろいろ抜けた部分があり、ジャンはそれに振り回されていた。
結局、いつものように気持ちよくトレーニングすることはできず、ジャンは今日もギルドでクエストを探していた。この町の周囲には凶悪なモンスターこそいないが、積み荷を襲ったり旅人を襲うモンスターが出てくることがある。
そういったモンスターを事前に倒し、生活圏の拡大を防ぐのが主なクエストだ。
クエストボードの前でジャンは一つのクエストに目がいった。
「隣町までの警護か。拘束時間は長いが報酬は悪くない」
クエストボードから紙を取ろうとした時、最低参加人数に気づいた。このクエストを受けるためには最低二人のハンターが必要。
パーティを組んでいないハンターはギルドで即席にパーティを組むこともあるが、ジャンはあまりそれを好んでいない。足手まといが増えるのが嫌だからだ。
「ちっ、仕方ない。飯食って別のクエスト探すか」
朝食を食べている間は特に何も考えず、作業的に食事をする。
しかし、今日は違った。
「いやぁ~、ここのパン美味しいですね。行くときもっていこうかな。二十個くらい」
「取りすぎだろ! ……てかなんでお前も飯食ってんだよ。メイドだし厨房でやとってもらったんじゃないのか」
「えっ、もしかしてジャンさんってメイドはお腹空かないとか思ってます? もしかしてメイドはうんこしないとかって!?」
「思ってねぇよ! 飯の時間に何言ってんだ!」
「あ、そういうのダメなタイプです? 意外と繊細なんですね。 必要とあらば私はどこでだってごはん食べますよ。……トイレでも」
「……なんかすまんな」
「冗談です!」
「うぜぇ!」
サーシャの勢いに飲まれないように意識していたジャンであったが、結局サーシャに飲み込まれてしまい食事の時間なのにも関わらず疲労感を覚えていた。
そろそろクエストを受けようかと考えていた時、サーシャがやってきた。
またよくわからないことを言い始めると思いテキトーに流そうとしていたが、サーシャはクエストボートから紙を持ってきていた。
「見てくださいこれ! 一緒に行きましょう!」
「はぁ?」
それは先ほどジャンが参加人数の都合で諦めたクエストだった。
「今日のお昼からですって。私、ジャンさん以外に知り合いいないんでいいですよね」
「お前の都合を押し付けるな! てか、お前なら誰とでも行けるだろう」
「私、人見知りだから無理ですよ」
「おい、どの口が言ってんだこのやろう」
「いだだだっ! ほっぺをつねらないでくださいよ~。暴力はんた~い!」
ため息をつきあきれているジャンだったが、報酬も悪くない上、メイドだしうるさいがサーシャはなんでもそつなくこなせるため、下手に威張り散らすハンターと組むくらいならサーシャでいいんじゃないかと思い始めていた。
「お前ハンターライセンスもってんのか?」
「ありますよ。ほら」
ハンターライセンスをどこからともなく取り出した。確認してみると一番下のランクであることがわかる。
「はぁ。まぁいいか。武器はなんだ?」
「これです!」
再びどこからともなく剣と盾を取り出した。片手で触れる剣とコンパクトな盾だ。機動力を重視しつつも攻撃と防御を切り替えたり同時に行える万能スタイル。極めれば下手に大きな武器を持つより強く、初心者でも難しいことを考えなくてもいい。
「わかった。一緒に行ってやる。だけど足でまといになるなよ」
「それはこっちのセリフです!」
「お前なぁ~、料理が上手いからって調子に乗るなよ」
再びジャンはサーシャの頬をつねった。
「いでででっ! 冗談です冗談ですって!」
こうして、二人は警護のクエストを受けることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます