第16話:レッツゴー体育祭①

 体育祭当日。


 仮病で欠席しようとするも沙織にバレて泣く泣く登校した俺。


「はあ~…。なんでアイツ分かるんだよ…。しかもいきなり家に押しかけてきたと思ったら、急いでるからとか言ってすぐどっか行くし。何なんだよ一体」


 沙織の俺にだけ発揮する能力に少し恐怖を抱きながら上靴に履き替え、教室へ向かう。


 なんで全部教室のドアが閉まってるんだろう、と疑問に思いながら自分の教室のドアの前に立つ。


 他と同じく、この教室のドアも閉まっている。


「?何なんだよ一体…」


 そうぼやきながらドアを開けて俺が見たものは。





「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!!!!」」」」」





 机の配置を変える女子。飾りつけを行う女子。そして…今俺を出迎えている女子。


 そして…彼女たちはなぜかメイド服を着ていた。


 しかも、なぜかその中には沙織もいるわけで。


 ついでに言えば、他は清楚系なのに、沙織だけは胸元が大胆に開いてたり、太ももが見えるくらいの長さだったり、その…目のやり場に困る格好だった。


 うん、今回ばかりは顔が真っ赤になってる理由もよく分かるな。恥ずかしいよな、そんな恰好じゃ。


 どこからツッコめばいいのか分からない。


 それを見た俺がいつの間にか来ていた川口と発した第一声が。


「「…これ、体育祭だよ?」」



_____________




「…で、どういうこと?これ」


 とりあえず落ち着き、沙織と巫部に真っ赤な顔で全力で会話を拒否られた俺たちは、担任に今回の経緯を尋ねた。


「敬語使えよ俺先生だぞ」

「日頃の行いが悪いんじゃね?」

「失礼な。俺はいつでも品行方正を心掛けているぞ」

「嘘つけ」


 メイド姿の女子にツッコまれ、担任は少しへこんだ様。


 そういうところが敬われにくくしてんだよなぁ…。


 親しみやすいし、いいと思うけどな。


「で、なんなのこれ」

「…どっかの男子が先生にお願いしたそうだ。『文化祭も体育祭も女子のメイドが見たいんです!』って」

「…そんなに見たいか?これ」

「お前らなら分かるはずだぞ、その男子の気持ち」

「は?」

「…なんでそんな願いが通ったんだよ?」

「クラス中の男子の署名を集めたらしいぞ。しかも、その中に数名女子が混じってたってことで、可決されたんだと」

「それでなんでうちのクラスまで巻き込まれるのか疑問なんだが」


 ツッコミたいことが増えてしまった。


 ま、どうせ多数決で決まったんだろうが。



 …俺らなら分かる、ね。


 残念だが、俺には分かんねぇな、その気持ち。


 川口には分かるんだろうけどな。





「一つ目の種目は…玉入れか」

「二年の女子だな。応援するか?」

「いや、いいよ。知ってる人いないし。というかそれよりも、沙織が気になる」

「心配性だな」

「その言葉、そっくりそのまま返す」


 さっきからソワソワしている川口にそう言うと、その肩がビクっと跳ねた。


「い、いや、別に俺は…」

「虚勢張ってんじゃねぇよ。心配なんだろ?巫部が」

「…まあ」

「最初からそう言えや。…まあ、なぜか全クラス常時解放されてるし、いつどんな輩が来るか分かんねぇしな」


 そう言ってる間にも、男子生徒が何人か校舎に入っていくのが見えた。


 グラウンドに出ているのは、全男子生徒の3分の一もいないだろう。


 …なんか、嫌な予感してきたな。



───────────────


 マーフィーの法則、というのがこの世には存在する。


 急いでるときに限って赤信号に引っかかるように、肝心な時に限って起きてほしくないことが起きる、というものだ。



 …正直、こうなるとは思ってた。


 そう心の中でぼやきながら、巫部の悲鳴が聞こえた教室へと急いだ。




「かん──美亜、何があった!?」

「お前、こんなときまで…」

「う、うるせ………おい」


 顔を赤くして言い返してきた川口の声が一気に冷え込んだのを感じて、俺は教室を覗き込んだ。



 …なるほど。




「監督責任者どこいった」




 俺の目の前には、ポリ公がサイレンならして来てもおかしくない光景が広がっていた。


 まず真っ先に目に入るのは荒らされた部屋。机やいすが乱雑に投げ出されている。


 その次に、男子生徒数名。ネクタイの色からして三年か。


 そして、最後に…メイド服の女子生徒。もちろん俺らのクラスの。






 しかも、彼女らは…押し倒されていた。


 女子生徒たちが男子生徒に囲まれる形で。





 なるほど。


 俺たちは結構ギリギリだったわけだ。


 しかも、川口がこういう反応をするってことは…


 あ、やっぱりいた。


 しかも、男子たちに馬乗りされている。


 って、よく見たらあいつも結構Hな格好してますやん。


 その胸元へ、男子の手が伸びていた。


「なあ、弘毅」

「…なんだ」


 おー怖ぇ。


 聞いたこともないほど低い声を出す川口も怖いが、この状況を見てめっちゃ呑気な自分が一番怖かった。


 俺ってこんなに冷めた人間だっけ?


 もっと情熱的…ではないか。



「こいつら、殺していいか」

「いや、さすがにそれは…」


 言いかけて、固まった。


 俺にとって一番重要なことに気付く。


 嗚呼、なぜ忘れていたのか。








 沙織、どこ行った?








 逃げた?そんなわけない。


 だって、アイツは目の前で困ってる友達を見捨てるようなやつじゃない。


 少なくとも、俺には連絡を入れるはずだ。


 だが、一切連絡は入っていなかった。


 教室も、彼ら以外の気配を感じなかった。


 …というか、さっきから前側のドアに感じる気配、絶対担任のだよな…。


 あいつ、また俺たちを利用する気かよ。


 そう思いながら、荒ぶる心を落ち着かせ、努めて冷静な声で問いかけた。


「お前ら、沙織をどこやった」



 その返答は、ちょっと予想していた。




 嗚呼、俺は、なんで、いつも──




「あ?ああ、あのカワイイ子か?あの子なら、どっかのトイレにでもいるんじゃね?どうせ今頃犯されて──」



 ──肝心な時にアイツの傍にいてやれないんだ。




 気が付いた時には、俺はそいつの胸ぐらを掴んでいた。


「どこだ!?」

「ハッ、知るか。でもいいのか?」


 そいつは俺を嘲る様に嗤うと、


「こんなことしてる間にも、られてるかもしれねぇぜ?」

「──ッ!?」


 この時初めて、俺は殺意を覚えた。


 拳を振り上げる。


 それを振り下ろそうとした、その時。



「おい、弘毅!」



 ハッとした。


 今俺は…。



「お前は、すべきことがあるだろ」



 そうだ。俺は…。



「ここは俺に任せろ。お前は、お前がすべきことをしろよ」



 今、おれがすべきことは──



「川口」

「おう」

「頼んだぜ」

「任せとけ」



 ”言葉はそんなにいらない”



 そんな言葉が何かのアニソンの歌詞にあったのを思い出した。



 持つべきは、こういう友達だよな。





──俺が、お前を守ってやるよ。…ああ、一生だ!──






「なめやがって」






 俺は駆け出した。





 競技終了のホイッスルが鳴り響く。


 次は、1年女子の徒競走。


 タイムリミットは、あと5分。




 俺は、誓いは絶対破らない。

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