第15話:美少女たちの秘密の楽園〜前編〜
「はあぁぁ〜」
なんで私まで説教を受けなきゃならないのよ。
悪いのはアイツでしょうが。
そういえばさっき夫婦とか言われてたよね…私たちそんなに仲良さそうに見えるのかな?もしかして私、結構好かれてたり?今度訊いてみよう。弘毅、どんな顔するかな…えへへ。
「顔がニヤついてるよー?」
「ひゃっ!?」
急に声をかけられて、変な声が出てしまった。
声の主は巫部さん。…今更だけど、この苗字珍しいよね。
「な、何か用?巫部さん」
「ん〜?何だと思う?」
何だと思うって…何だろう。
「分かんないけど…」
「またまた〜。弘毅のことに決まってるでしょ〜」
「…え?」
今、「弘毅」って…
アイツ、いつの間に仲良くなったんだろう。
…あれっ。何だろう?これ。
なんか、モヤモヤする。
「実際弘毅とはどうなの〜?ほら早く吐いちゃえよ〜」
「な、なんにもないよ!」
「え〜?でも、今ニヤニヤしてたじゃん。絶対弘毅のこと考えてたでしょ」
言われてハッとした。自分でも気づいてなかった。
私、いつの間にかアイツの事ばかり考えて…。
私はチラッと弘毅を見た。
すると、ちょうど向こうもこっちを見てきて、目が合った。
その瞬間、心の中から何か熱いものが湧き出てきて、思わず目を逸らしてしまった。
別に、アイツの事は考えてないよ。そう普通に答えようとした結果。
「べ、別にアイツのことなんか!」
こうなった。
またやっちゃったぁ…。
「沙織赤くなって可愛い〜。これがツンデレってやつ?」
「ひゃぁあ!?ツ、ツンデレ!?そ、そんなんじゃないし!別にあんな奴、好きじゃないから!」
「うわぁすごいテンプレなんだけど。ここまでアニメを再現するとは…お主、やるな」
「〜〜ッ!!う、うるさい!それ言ったらそっちだって!」
恥ずかしさで顔が真っ赤になり、そろそろ耐えられなくなった私は、ここぞとばかりに反撃を開始する。
「さっき川口くんに、アニメっぽいことしてたじゃん!」
「ッ!?あ、あれは…その…」
さっきまでのからかいの表情はどこへやら。
顔を赤らめて下を向く巫部さん。
ここまでの反応をされるのは、予想外なんですが。
それにしても、なに、このいじらしい表情。虐めたくなってくるんだけど。
…なるほど。これが世に言う嗜虐心か。
さっきの巫部さんは、こんな気持ちだったのかな?
やばい。さっきと今の巫部さんを比べていたら、さらに虐めたくなってきた。
もういいかな。虐めちゃって。
と、ずっと小声で何か言っていた巫部さんが、顔を何故かさっきよりも赤くしながら言ってきた。
「…おかしいかな?」
「へ?えっと…何が」
おっと、危ない危ない。
はっと我に帰った私は、何がおかしいのか考えてみた。
何にも思いつかない。別におかしいことなんてないけど…
すると、巫部さんはさらに顔を赤くして下を向き、
「わ、わたしが………を……ってこと」
「えっと、私が…なんて言った?」
こんなに至近距離にいるのに全然聞き取れなかった。
唇の動きで分かるかなと思って試してみたが、全くわかんなかった。というかそもそも口元が見えなかった。
耳が聞こえない人は読唇術するんだよね。大変だなぁ…。
私がそんなことを考えていると、また下を向いて何か呟いていた巫部さんが、ばっと顔を上げた。
私の顔を見て、目線を彷徨わせ、「だから、その、えっと…」と呟いていたが、やがて決心を決めたのか、強く目をつぶって、パッと開けると、一言。
「だから、私がアイツの事、好きだってこと!!」
叫んだ。
そう。叫んだのである。言ったのではなく。
正直、内容には驚かなかった。でしょうねとは思ってた。
そんなことより──
恐る恐る周囲を見る。
クラスメイトが全員驚いた表情でこちらを見ていた。
そのなかには、もちろん川口くんもいるわけで。
私につられて周囲をゆっくり見回した巫部さんの視線が、一点で止まる。
席に座りかけていた川口くんと、目が合う。
その瞬間、巫部さんは目を見開いた。
やっと理解したのね、と呆れていると、巫部さんの顔はどんどん赤くなり、
「〜〜〜〜っ!?」
声にならない悲鳴をあげて、教室から飛び出してしまった。
これにはさっきの大声にもニコニコしていた国語教師もびっくり。
だが、流石は年季の入った先生。
「倉石さん。行ってきてもいいですよ?」
「え?でも…」
「大丈夫です。お咎めなしということにしておきますよ。あなたも、彼女が心配なのでしょう?それに…」
「?」
「若人から青春を取り上げるなんて許されていないんですよ?何人たりともね」
「!ありがとうございます!」
この先生本当に優しいなあ。
「青春ねぇ~」
「先生はずっと真冬でしょ」
「何か言った?日村くん」
「ごめんなさい」
そんな声を聞きながら、私は巫部さんを探して走り出した。
…何やってんのよ弘毅。
「あ、いた」
「早っ。え、見つけるの早くない?この学校、どんだけ広いと思ってんの。私もう、汗だくなんだけど」
1分ほど走っていると、第二校舎の空き教室で窓際に立っている巫部さんを見つけることができた。
「え、そう?」
「そうだよ。第一校舎だけで何個教室あると思ってんの。授業してるとこ以外でも相当あるよ?トイレって可能性もあるし…ここ、第二校舎の最上階なのに。まさか、全部確認したとかじゃ…ないよね?」
「え?そうだけど?」
「なんでそんなにケロッとしてられるのよ。沙織って、意外と体力バカだよね」
「私これでも女の子なんですけど」
「全くそうは思えないんだけど。…あ、そういえば」
「?」
「勝手に沙織って呼んでたけど、良かった?」
「え?ああ…うん」
「やったー!ありがとー!」
テンション高っ。
コミュ力高いな、この人。
初対面でもすぐに仲良くなれる人、尊敬するなぁ。
「私のことも、美亜でいいからね」
「えっと…じゃ、じゃあ、美亜」
「ん~何~?」
「…落ち着いた?」
「…うん。ありがと」
本当に大丈夫だろうか。
このまま教室に帰っても、川口くんと目が合うたびに逃げ出してたら意味ないもんね。
どうしたもんか。
「ち、違うからね?」
「へ?何が?」
どうすればいいか分からず悩んでいると、美亜が話しかけてきた。
何が違うんだろう?なにか、あったっけ?
…まあ正直、内容は予想できるけど。
「だから、その…さっきの、アニメっぽいやつ」
「えっと…ああ、うん」
あれ、そんなにアニメっぽいかなぁ。
あんまりアニメ見ないからわかんない。
「あれは、アイツのことが好きだから名前で呼んでほしいってわけじゃなくて、ただ『お前』っていうのがムカついただけで、別に他意はないっていうか、アイツに名前で呼んでほしかったからで、ちょっと嬉しかっただけで、別に何とも思ってないっていうか、あの、その…」
「ストップストップ。分かったから。分かったから一回落ち着いて。あとなんか気になる言葉が混じってなかった?」
顔をどんどん赤くしながらテンパっていく美亜に、私はあわてて声をかけた。
あのままじゃ、後で美亜が聞いたら気絶しそうな言葉言いそうだったからね。
でもねえ。まさかねえ。本当だったとは。
「ねえ、美亜」
「…何?」
「嬉しかったんだ。名前呼んでもらえて」
「~~~~ッ!?」
私がニヤニヤしながら訊くと、美亜はまた顔を赤くして、しゃがみこんでしまった。
…美亜って、意外と照れ屋だよね。
そんなことを考えていると、美亜が顔だけこっち向けて、一言。
「…うん」
「~~~~ッ!」
今度はこっちが悶絶する番だった。
しゃがみこんで、涙目で見上げてくる美亜。ちょっと拗ねたようなその顔は、人間の本能をくすぐるわけで。
総評。
なんでいじらしいの、この子…!
十数年生きてきても、こんな感情に出会うことはなかった。
やばい。可愛い。写真撮りたい。
と思っていた時には、体は動いていた。
「~~~~ッ!?写真撮るなぁ!」
「…あ」
「あ、じゃないよ!消して、今すぐ消して!」
「ごめん無理」
「そんなぁー!」
どうやら体は理性よりも本能に忠実なようだ。
連写されたことで大量に保存された写真を見ながら、私はそうぼんやりと考えた。
この写真待ち受けにしようと心に決めて。
「はあ〜〜」
「今度こそ落ち着いた?」
「うん。ありがと」
「じゃあ教室戻ろうか…といっても、もうすぐ授業終わるね。めんどいし、このままさぼろっか」
「…沙織でも、そういうことするんだね。まあ賛成だけど」
「賛成なんかい」
美亜もじゃん。
私、優等生ってわけじゃないし。
椅子に座ると、ようやく自分も落ち着くことができた。
今までを振り返って、ここ数日でいろいろ起きていることに驚いた。
昨日までに起こってたことはもう金輪際起きてほしくないけど、こういうことはもっと起きてほしいな。だって美亜可愛いし。
そんなことを考えていると、急に美亜が顔をニヤつかせてこっちを向いた。
「次は沙織の番でしょ」
「え?…え!?」
「私は言ったんだから、沙織も言わないと不公平だよ」
「いや、私は…」
「特にない、なんて言わせないよ?」
前言撤回。
こんなのもう嫌!
と、そこで授業終了のチャイムが鳴った。
いつの間にか、50分経過していたようだ。…マジで?
「あちゃ~終わっちゃったか~」
「ふぅ…」
助かった…。
「じゃ、放課後聞かせてもらおっかな♪」
「えぇ!?」
なんで!?
「今日、放課後カフェ行こうよ」
「それはいいけど…昼休みは?」
「あ、反対はしないんだ…昼休みに話聞かない理由?そんなの、1個でしょ」
「?」
理由?昼休み何かあったっけ?
「昼休みは弘毅とイチャイチャしてこいってことだよ、沙織ちゃん?」
「~~~~ッ!だから、私とアイツはそんなんじゃ…」
「さあ、どうかな~♪早く教室戻ろ~」
「あ、ちょっと!違うからね!?」
「はいはい」
違うって言ってるのに…
絶対、信じてないよね。
別に私は弘毅のことなんか…
「あ、いた」
「ふぇ!?こ、晃牙!?」
そんな声が聞こえて、私は前を向いた。
そこには、角からひょっこり出てきた川口くんと、川口くんを前に立ち止まる美亜。
しかも、美亜の声は分かりやすく動揺している。顔も赤い。
これは確定でしょ。
挙動不審で、視線をさまよわせながらも川口くんと一言二言交わす美亜の姿を見ながらニマニマしていると、声をかけられた。
「お前らどこいたんだよ」
「ひゃい!ふぇ!?あ、こ、弘毅!?」
やってしまった。
さっきの美亜よりもアレな声を出してしまった…!
美亜のほうを見ると、さっきまでの表情を完全に消して、ニヤニヤとこっちを見ていた。さっきの私もこんな顔だったのかな…。って、川口くんまでそんな顔で見ないで!アンタら似てるね!?
「はあ…で、なに?弘毅」
「え?あ、えっと…心配だから探しに来たんだが、杞憂だったみたいだな」
「え…?心配、してくれたの…?」
「は?当たり前だろ」
あれっ。何だろう。
心の中のモヤモヤが晴れたような…。
そっか。私、嬉しいんだ。
弘毅に心配されてることが。弘毅に、私のことを少しは想ってもらえてるって、知れたことが──
「というか弘毅、なんで後ろから出てくるのよ。びっくりするじゃん」
「悪い悪い。川口と手分けして探してたからさ」
「トイレとかだったらどうしようかと思ったぜ。その時は弘毅に行ってもらう予定だったがな」
「何でだよ。お前も来いよ…沙織、どうした?なんか過去一幸せそうな顔してんぞ」
「え!?な、なんでもない!バカ!」
「何故に!?」
ああ、私幸せなんだ。
今だけは、そう思うことができた。
自分の発言も、美亜たちの顔もあまり気にならなかった。
…と思った直後に、放課後のことを思い出してちょっと憂鬱になったけど。
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