第13話:地獄の始まり
体育祭。
その名の通り、体育のお祭りだ。
これが楽しいって言える奴は、よほど能天気か運動好きか陽の者かのどれかじゃないだろうか。
つまり楽しいと思わない俺はどれでもないということ。つまりネガティブでニートで陰の者。
これぞまさにラノベの主人公。あー俺の周りに女子やってこねぇかなぁ。
…思考がここまで飛躍している時点で、俺がどれだけ現実逃避しているかお分かりいただけるだろうか。
ちなみに現在1限目。校庭でランニング中。
うちの高校では、体育祭と同時にマラソン大会がある。まさに地獄。
20分間走で10分が経過した今、まだ200メートルのトラックを1周しかしていない俺に体育教師の怒号が飛ぶ。
何回目だよという呆れの視線を浴びせながら追い越していく皆を見ながら俺は考える。
皆よくやるよなぁ。どうしたらそんなにやる気に満ちるのか。
まあ俺はのんびりやるが。だるいし。
何度目か知れない怒声を聞きながら、俺は空を見上げる。
あの時と同じ快晴だった。
そして10分後。
体育教師の説教を聞き流した俺は、休憩中の沙織に話しかける。
「お疲れさん」
「え?あ、う、うん…そっちこそ」
「生憎と全く疲れてないね」
「…もうちょっと真面目にやったら?」
「いやだ。だるいし疲れるし足痛めるし」
「…はあ」
「露骨にため息つくなよ。そういうお前はぶっちぎりだったじゃねぇか」
「…どうも」
「別にあそこまで本気でやらなくても…」
「!…うるさい!バカ!」
「うぉうマジか」
「あ、やば…」
沙織が大声を出した瞬間に周囲の視線がこっちを向いた。
その視線は一瞬で好奇に変わる。
「え、なになに、喧嘩?」
「夫婦喧嘩か?」
「ツンデレ最高!」
「照れてる倉石さん可愛いー!」
「Oh…」
うわあ。めんどくせぇことになった。
チラッと横を見ると、照れてもじもじする沙織がいた。
どうしよう。めちゃくちゃ気まずい。
と、その時、
「喧嘩するほど仲がいいってやつよ」
「激しい愛情表現だろ」
「夫婦に突っ込んでくれよお二人さん」
あんま助け舟になってねぇな。まあ、状況が悪化するよりはいいか。
「お前は相変わらずだよな、弘毅」
「お前らも速かったな」
「ハハッ、あんな奥さんのいるお前に言われてもな」
川口の冗談に周囲から笑いが起きる。
さっきから黙りっぱなしの沙織を見てみると、なぜか顔を赤くしていた。
指摘するとまた怒鳴られて、さらに周囲からの好奇の視線が強くなった。
「いや俺婚姻届にサインした覚えないんだが」
「何なら出そうか?俺が」
「いや何でだよ」
どうすればこの話題は尽きるんだ?
頭を悩ませていると、やっと助け舟がやってきた。
「あれ直筆だよ、晃牙」
「…あ、そう」
「ん~?どうかした~?」
「なっ…お前、分かってやってるだろ」
「え~?何が~?」
仲良さそうに話す二人を見て、多分全員同じことを思っただろう。
あれっ、この2人こんなに仲良かったっけ?
そういや「晃牙」って…いつの間にか下の名前で呼ぶような関係になっていたとは。
まだ転校してきて数日しか経ってないんだが。
「お前なぁ…もっとTPOってモンをかんがえ──」
「……お前」
「は?」
あれっ。これは…
いやな予感がするぞ~?
こいつら、まさか…
「…その、お前って呼び方やめてよ」
「え?じゃあなんて──まさか」
「……私も、あの2人みたいに、その…下の名前で呼ばれたい」
「いやっ、ちょ、おま」
「…………ダメ?」
あーダメだこりゃ。
完全に2人の世界に入ってやがる。
うわー。わー。まじかー。
ここまでラブコメの展開を現実で見ることがあろうとは。
これあれやん。
絶対両片思いのパターンやん。
「…ダメなら、別にいいんだけど」
「…………ダメとは言ってないだろ、美亜」
「!…えへへへ」
「…ほら、これで満足か?」
「え~?もう一回呼んで~?」
「…美亜」
「なに~?こうが~」
「………なんでもねぇよ」
「えへへ~」
「ハイストップストップ。もう終わってくれ頼むから」
これ以上は見てられない。
そう判断した俺は、めちゃくちゃ勇気を振り絞って間に入った。
はっと我に返った巫部は、パッと川口から離れると、髪をいじりながら俺に問うた。
「…その、見てた?」
「……すまん」
「…あちゃー」
川口と巫部はそれぞれ反対方向を向いて顔を赤くしている。
いや見てるこっちが一番恥ずいわ。沙織なんか顔を真っ赤にしてるし。
…あれ?さっきと変わってないな。意外と初心?
「まあでも、よかったじゃんか。他のやつには見られてないみたいだし…あれ?」
「そういや、みんなどこに…あ」
「やっば!みんなもう集まってる!」
「急がねぇと!」
と言いつつ、俺たちはのんびりと歩いてみんなの所に向かった。
正確に言うと、のんびり歩く俺に、他3人が苦笑混じりで合わせてくれた。
「おい!そこのバカップル2組!早く来い!」
「「いや別にカップルじゃ──」」
「「カ、カップル!?そ、そんなんじゃないし!!!」」
「「「うぉうまじか」」」
突然聞こえた大声に、俺、川口、教師の声が重なる。
…よく考えたら、今の会話すごくね?ここまでセリフ重なることある?
というか巫部があんな声を出すことに驚きを隠せない。
驚いて他の奴もみんなこっち向いてるし。
「ったく…注目されちまったじゃねぇか。おま──美亜、どうしてくれんだこんちきしょう」
「ふぇ!?え、な、ちょっ」
「どうした?えっと…美亜」
「いや、だから、ちょ、その」
「いやだからマジでどうした?み──」
「もうやめてやれよ。見てるこっちが恥ずかしい」
「は!?なんで!?」
ダメだこいつ。鈍すぎる。
あんなことあったのに、巫部の気持ちに気づいてないとは。
女心は分からんが、あれって結構勇気いると思う。
「…お前、鈍感すぎじゃね?」
「全く心当たりないし、大変不本意ではあるが、1つ言わせてもらうとすれば、お前もだからな?」
「なんでやねん」
全く心当たりねぇよ。
誰かに好かれてるとは思えねぇしな。
「というかこの後怒られるのはお前らのせいなんだから、お前が責任とって俺に何か奢れよ?川口」
「いやなんで俺だけ!?あと、あの話になったきっかけはお前らなんだから、お前が奢るべきだろ!」
「あ?やんのかゴルァ」
「いやお前ってそんなキャラじゃ──苦しい苦しい苦しい!分かったから首絞めんのやめろ!」
腕をバンバンと叩いてくる。
俺は仕方なく手を離した。
いや、よく考えたらあれ俺らのせいじゃないし。
ムカついたからもう1回やろうかな。
だが、危険を察知したのか、川口はさっと俺から離れた。ちっ。
「はあ、怒られんのかよ〜やだわ〜」
「よく言うなこの野郎。再戦か?」
「なんでそんなに血気盛んなんだよ…あれ、倉石さんとアイツ──み、美亜は?」
「律儀に頑張るなお前…」
「わ、悪いかよっ」
「別に?っと、今は──アイツら何やってんだ?」
辺りを見回してみると、2人とも後ろで蹲っていた。
大丈夫か、あれ?
声かけてみるか。
「大丈夫か?沙織」
「何なら保健室行くか?美亜」
「「ふぇ!?にゃ、にゃんでもにゃい!」」
「「いや何でもなくねぇだろ。どうしたよその口調」」
また出たよ。どんだけハモるんだよ。
「「とりあえず、立てるか?」」
「「!…うん!」」
また同時になったけど、もう気にしない。
2人の手を、それぞれ掴んで立たせてやる。
「「じゃあ、行こうぜ」」
「「!…うん、うん!」」
振り返りながらそういうと、なんか2人ともとても笑顔になっていた。
なんでだろう。まあいいか。
教師の怒りを必死に宥める声を聞きながら、俺たちは歩き出した。
「怒られたくねぇ〜」
「まだいうか。じゃあ目にもの見せてやる」
「いや何も言って──痛い痛い痛い!耳引っ張るな!」
悲鳴や暴力が混じりながらも楽しそうに会話する2人を見つめる、いろんな感情の織り混ざった視線に、彼らが気付くことはなかった。
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