第10話:幼馴染は誓いを破らない


 翌日。


 私が教室に入ると、生天目さんはすでに席についていた。


 私を見つけると、邪悪な笑みを浮かべた。


「あら倉石さん、おはようございます。今日は来ないかと思っていましたよ」

「…」


 無視して席に座る。


「あら、無視?無駄だと思いますけどね〜」

「…」


 無視。


「へえ〜なるほど…」


 つまり、生天目さんをずっと無視していれば大丈夫なんじゃないかという訳だ。


 …って、今、無駄って言った?


 まさか、まだ何かするつもり…?


「そんなに余裕でいいんですか~?愛しの弘毅君はもういないんですよ~?」

「…っ」


 いや、大丈夫。自分を信じろ。この女の言うことに惑わされるな。


 …でも、ホントに大丈夫かな?もし、あれが本音だったら──


「弘毅君の次は学校、ご近所さん、そして両親。そしたら、本当にひとりぼっちですね~?」

「な…!?アンタ、まだこんなことを続けるつもり──」


 思わず胸倉をつかんでしまい、生天目さんの顔が凶悪にゆがむ。


 はっとしたときには遅かった。


「きゃっ…!何するんですか、倉石さん!」

「…え?」


 生天目さんのそんな声を聞き、呆然としたたった一瞬の間で、クラス中の視線が私たちに向いた。


 そして、それはすぐに非難へと変わる。


「おい、倉石!何してんだよ!」

「倉石さん、それはないわー」

「いくらむかついたからってさー」

「え…?ち、ちが…」


 理不尽を訴える声を聞いてくれる耳はそこにはなかった。


 クラス中の意見がひとつにまとまりつつあるとき、生天目さんはとどめの一言を放った。


「誰か、助けて…!」

「…!」


 慌てて手を離したときには、非難の嵐は倍近くまで増えていた。


 と、その時、


「…俺が助けてあげるよ、生天目さん」

「…!岡本君、ありがとう…!」


 1人の男子が生天目さんをかばうように立った。


「生天目さんを傷つけるような悪い奴は、俺がぶん殴ってやる!」

「…は?え、ちょ…」


 そういうと、彼は殴りかかるようなポーズをとった。


 …話が飛躍しすぎでしょ!熱烈なファンみたいになってる。


「おらよ!」

「ちょ、ちょっと待っ…!」


 その瞬間、私には世界がスローモーションのように見えた。


 目前に迫る拳。私を冷ややかな目で見つめる数多もの視線。1つの邪悪な笑み。


 そして、こちらを向くカメラと、電話をする少女。


 …あれ?あの二人は┄┄


 その瞬間、目に火花が散った。


「がはっ…!」

「オラ、起きろよ。もう一発入れてやる!」


 そういうと、彼は鬼の形相でこちらに近づいてきた。


 殴られて顔が、机に頭をぶつけて後頭部が痛くて、まともに思考が回らない。


 …ああ、何が悪かったんだろう?


 近づいてくる拳を見ながら、そうぼんやりと考えた。


 そして┄┄




「「「そうは問屋が卸さねぇよ」」」



 恐る恐る目を開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、一つの背中。


 そして、あっさりと拳を受け止めた人物に対する、周囲の驚愕の目。


 彼は振り向くと、こういった。


「悪い、遅れた」

「…!」


 …やっぱり。


 やっぱり、コイツは、私の──


「…遅いわよ、馬鹿」

「普通に遅刻した」


 ──ヒーローだ。てか、普通に遅刻するなよな。…馬鹿。


 みんなが固まっている中、岡本君が怒ったような声を出した。


「なっ!?てめぇ、生天目さんを裏切って、そんな奴につくのかよ!?」

「最後のほうだけ、そっくりそのまま返す」

「ああ!?」


 いかにも怒り心頭といった岡本君を無視すると、いまだ呆然としている生天目さんのほうを向いた。


「いやあ~見事に俺の計画通りに進んでくれたな。すっきりさせてくれて感謝するぜ」

「…は?計画通りって、どこから──」


 クラス中に動揺が走る。


「じゃあ説明してやるよ。まずな、この学校はセキュリティが固いことは知ってるよな?」


 全員頷いた。


「…で、だ。生天目に質問なんだが、お前、おととい、校舎裏でコイツと会ったろ?」

「…ッ!?何で、それを──」

「いや、俺もその場にいたし。何なら見る?証拠映像」


 そういうと、彼は顎でクイっとクラスメイトを示した。


 すると、入り口の近くに立っていた人物──川口君が、スマホをみんなに見せた。


 そこに写っていたのは、なんと──


「っ!?それは…!」


 なんと、あの日の映像だった。


 私たちが言い争って、私がうずくまり、ふらふら帰宅する。


 そこまで全て動画に残っていた。


 クラス中の視線が、生天目さんに向いた。


 それを意にも介さず、生天目さんは叫ぶように言った。


「な、なんでわかったのよ、あそこだって!」

「簡単な事さ」


 そういうと、彼は話し始めた。


「まず、お前が俺と沙織以外にばかり話していることから、目的は沙織の孤立だと分かった。ということは、たぶん本人にも声をかけるだろうと思った。その内容が嫌味とか煽り文句だろうなってことも予想がつく。注意深いお前のことだ。それなら監視カメラがないところでやるだろう。だが、残念ながらこの学校にそんな場所がないことは昼休みまでで分かっただろう」


 その場のほとんどが唖然とした。


 彼は、そこで一息つくと。


「そこで、だ」


 人差し指をピン、と立てると。


「ないなら作ればいいんじゃないか、と思った」

「…は?」

「いやだから、防犯カメラを何か所か俺たちが取り外したって言ってんの」

「…は?」


 本人含めた3人以外は驚愕で固まってしまった。


 はっと我に返った生天目さんは、慌てた様子で訊いた。


「いつ?何か所?何人で?」

「まず第一の問いに対する答えだが、だ。次に第二の問いに対する答えだが、3か所だ。第三の問いに対する答えは、3人──俺、川口、そして──巫部だ」


 はっとみんなが周りを見回す。


 二人はそれぞれ、2か所のドアの前に立っていた。


 みんながそっちを向くと、2人とも笑顔を見せてくれた。


 すこし冷静になった生天目さんが、落ち着いた声で質問をした。


「…なんで3か所?」

「1か所だと逆に怪しまれるからな」

「教師の許可は」

「俺と川口が監視カメラを外している間に、巫部がとっておいてくれた」

「…昨日、なんであんな言い方したんですか?」

「昨日?ああ、あれね。簡単だろ。一文一文の一言目だけ縦読みしてみれば…」

「えーと…『おまえはまもる』…なるほど。倉石さんが今日学校に来れた理由がわかりました」


 ふーと息を吐きだすと、生天目さんは立ち上がった。


 そして、ドアのほうへ歩いた。


 だが、ドアの前に巫部さんが立ちふさがった。


「行かせないよ?」

「…トイレに行きたいのですが」

「あなたみたいに用意周到な人なら、先にトイレに行っていないというのは不自然だよ?まあ、これも弘毅の入れ知恵だけど」

「…」


 下を向いた生天目さんに、弘毅は声をかけた。


「もう、観念したらどうだ?ネタは上がってんだぜ」

「…そうですね。もういいでしょう。私の負けです」


 ふう、と弘毅は息をつくと、


「まあ、ちょっとの期間停学は避けられないだろうな」

「仕方ないですね。退学じゃないだけマシですよ」

「…転校しようとは思わないのか?地位はだいぶ下がるぞ」

「転校?馬鹿言わないでください」


 彼女は一拍置くと。


「目的を達成してないのに、転校するわけないでしょ?」


 衝撃が走った。まさか、またこんなことを──


「あっそ」

「…咎めないのですか?」

「咎める必要ないだろ。だってさ──」



「また俺が、守ってやりゃあいい話じゃんか」



 またもや衝撃が走った。


 …ホントに馬鹿。アホ。ボケナス。


 ああ、どうしよう。私──



 ──あなたなしで生きていける気がしない。



「ま、再戦ならいつでも受けるぜ」

「それだけはごめんこうむりたいですね」

「そーかい。ああ、それと──」


 そこで弘毅は振り返ると、


「先生、質問していいか?」

「…聞きたくないが、なんだ」

「生天目をあの席にした理由を、先生の口から言ってくれねぇかな」

「…」


 …え?どういうこと?


 あの席しか空いてなくて──


「空いてないのはあの2つしかなかった。でも、社会教師のアンタならわかってたはずだ。列ごとの人数が違うと、どれだけやりずらいかをな」


 …あ。そうか、なるほど。


 うちの歴史の授業では、ほぼ1週間に1度、列ごとにプレゼンをする機会がある。


 そのとき、人数が違っていると、時間などの問題が起こってくるのだ。


「だが、2人が転校してきた際に、あんたは一番人数が多い2列に2人の席を設けた。つまり、ちゃんとした目的があるってことだろ。それは何だ?言いたくないなら、俺の推理を披露するが」

「…黙秘する」

「そ。じゃあ、言わせてもらうぜ」


 そう言って一度目を閉じた弘毅は、目を開けたときに冷たい目をしていた。


「あんた、生天目が前の学校でも同じようなことしてたの知ってたんじゃないか?だから、沙織の隣に座らせた。巫部のことはとりあえず置いといて、あんたはこの状況を作りたかった。そうだろ?」

「…」


 沈黙を肯定と受け取った弘毅は、そのまま続けた。


「この学校はセキュリティが固いからな。同じことをした生天目を指導したかったんだろ。違うか?」

「…その通りだ」


 クラス中からおぉ~という声が上がる。


 だが、それを無視して弘毅は続けた。


「今回は不問にしてやるよ。だけど、次やってみろ」


 そして、これまで見たことないほど怖い顔で先生をにらむと、


「ただじゃおかないからな」

「…肝に銘じておく。あと、生天目と岡本あとで生徒指導室に来い」

「はい」

「…は!?なんで俺も…」

「いやお前、さっき倉石殴ってただろ」

「そ、それは…証拠は!?証拠はどこにあるんだよ!?」


 そう反論する岡本君に川口君が一言。


「俺が、一部始終動画に撮ってるぜ」

「…」


 岡本君は、驚きのあまり、口をパクパク開けている。


 それを見て満足した弘毅は、教室を出ようとして、


「あ、そうそう生天目」

「…?」

「俺、実は…高みにいる人をどん底に突き落とすのが趣味なんだよね」


 それを聞いた生天目さんは、何かが抜け落ちたような顔で、苦笑いで一言。


「…すべて、計画通りですか」


 そんな様子を、私はぼんやり眺めていた。


 そんな私に気付いた弘毅が、こういった。


「…ありがとな。信じて学校来てくれて」

「…!」

「 あと、俺さ…誓いは絶対守るから」

「…!!」


 ああ。やっぱりすごいなあ、弘毅は。


 私が言いたいことばかり言ってくれる。


 そして、こんなに頭がいいんだから。


 ああ、やっぱり、私、弘毅なしには生きていけないんだ。


 今回の事件、いいこともあったのかも。

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