第9話:幼馴染だからこそ

「はあ…」


 昨日は結局、眠れなかった。


 あいつが何されるのか考えると、目を閉じることができなかった。


 策は何も、思いつかなかった。


 どうしよう…。どうすればいいの…?


「倉石さん、おはようございます」


 肩が、ビクッと震えた。


 この声は…!


 硬直していると、隣に生天目さんが座った。


 そして、こっちに近づいてくると、耳元でこう囁いた。


「楽しみですね?何が起こるのか」

「…!」


 やっぱり、何かするつもりなのね…!


 でも、ここは勇気を振り絞らないと…!


「…アンタ、弘毅に何かしたら──」

「すみません日村くん、これ運ぶの、手伝ってもらっていいですか?」

「なっ…!」


 だが、私が言い終わるよりも一瞬早く生天目さんは来たばかりの弘毅に話しかけていた。


「ん?別にいいけど…」

「ありがとう。頼りになるね」

「…ん」


 生天目さんの笑顔を見て、視線を逸らす弘毅。


 不安とイライラが入り混じって、思わず首を突っ込んだ。


「ちょっと、何してるのよ!?」

「え〜?ただ頼み事をしてるだけですよ?」


 生天目さんがわざとらしい声を出す。


 さらにイラッとして、思わず弘毅を睨んで…気付いた。


 弘毅の顔にある、邪悪で凶悪な笑みに。


「じゃあ、教科書の50ページを開けてください」


 気付けば、いつの間にか授業は始まっていた。


 

 休み時間になって、私と生天目さんは同時に席をたった。


 もちろんすることは同じ。でも、目的は真逆だ。


 だが、その弘毅は教室にはいなかった。


「「…?」」


 どこに行ったんだろう?私たちでも見つけられないってことは、授業が終わってすぐに教室を出たことになる。


 なんでだろう?もしかして、気付いた?


 結局弘毅は次の授業ギリギリにやってきて、2人とも話しかけることができなかった。



***********


「2人に、やってもらいたいことがある」


***********


──2時間目の後──


「ねえ、弘毅──」

「あ、日村くん、その本面白いですよね。私も好きなんです!」

「…っ」


──昼休み──


「弘毅、あの──」

「日村くん、この問題分からないので、教えてくれますか?」

「……」


 全然、話せない。


 まずい。このままじゃ…弘毅が!



──放課後──

「弘毅…あれ?」


 隣を見ると、いるはずの弘毅がいなかった。


 周りを見ると、その姿を見つけ、ホッとして話しかけようとし…絶句した。


 そのすぐそばに、生天目さんが立っていた。


 しかも、見まわしてみると、私以外が生天目さんのそばにいるという形で、教室が二分されていた。


 混乱していると、生天目さんが近づいてきた。


 そして、耳元で囁いた。


「少し、遅かったみたいですね?」

「っ!!」


 これが目的だったの!?


 目を見開く私を見て、さらに邪悪な笑みを浮かべた生天目さんは、トドメとばかりにその言葉を口にした。


「日村くん…私と一緒にいてくれるというなら、女関係は清算してくださいね?」

「…は?」


 ちょっと待って。一緒にいる?清算?何を言っているの?


 困惑しいる私に弘毅が近づいてきた。


 そして、


「俺、実はお前のこと、嫌いなんだよね」

「…え」


 …は?何を言って──


「まあだってうざいじゃん、お前。偉そうにに絡んできやがって。端からお前なんか眼中にないっての。まずさ、自分の立場わきまえようぜ。もう遅ぇけどな、今更やったって。…ルクセンブルクぐらいまでなら殴り飛ばせそうだぜ、この恨みがあれば」

「あ、あ…」


 ねえ、待って。待ってよ。なんで、そんなこと言うの。


 何でもいいから、私を、おいて行かないで…!


 他のみんなと一緒に教室を出る弘毅に手を伸ばしながら、私はそう願うことしかできなかった。


 だが、その単純で簡単な願いすら、叶えてくれる人はいなかった。


 そして、



 弘毅の言い回しに疑問を持つ者もまた、いなかった。



「…?」


 ただ1人を除いて。






「あら、おかえり…って、沙織!?大丈夫!?」

「…え?あ…大丈夫。ちょっと疲れただけ」


 言いながらそのまま2階に上がる。私の顔はそんなにひどいことになっているのだろうか。


 部屋に入ると、そのまま静かにベッドに倒れ込んだ。



 …どうして。なんで。


 どうしてあんな事言ったの?


 私が弱いから?私が迷惑をかけっぱなしだから?


 強くなるから。迷惑も、かけないようにするから。


 だから、いなくならないでよ…!


 小さい頃みたいに、私を守ってよ──!


 誓ってくれたじゃんか、あの時。


──俺が、お前を守ってやるよ。…ああ、一生だ!──


 あれは、嘘だったの…?


『俺、実はお前のこと、嫌いなんだよね』


 あの言葉がよみがえる。思わず吐きそうになった。


『まあだってうざいじゃん、お前』


 次の言葉がよみがえる。嗚咽が漏れた。


『偉そうにに絡んできやがって』


 3番目の言葉がよみがえる。目に水たまりができた。


『端からお前なんか眼中にないっての』


 4番目の言葉がよみがえる。頬に悲しい雨が落ちた。


『まずさ、自分の立場わきまえようぜ』


 5番目の言葉がよみがえる。悲しみの雫がシーツを濡らした。


『もう遅ぇけどな、今更やったって』


 6番目の言葉がよみがえる。涙が止まった。


『…ルクセンブルクぐらいまでなら殴り飛ばせそうだぜ、この恨みがあれば』


 7番目の言葉がよみがえる。それは、確信に変わった。



 そして、数分後。



 そこには、ただ1人泣く、少女の姿があった。



***********

「おい、いくらなんでもあれは言いすぎなんじゃないか?」

「そうよ。幼馴染なんでしょ?あれはさすがに…」

「何言ってんだよ」


「幼馴染だから、だろ?俺を信じろ。全て上手くいく」

***********

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