二十八万 所持金、五万

 さっき影が切ったのは、ポーチの留め具だった。

 ……最初の攻撃に殺気が無く、襲撃を察知できなかったのは、狙いがポーチだったからか。


 ドーシャはポーチを投げ、キャッチするのを繰り返しながら、


「お前のことは調べさせてもらったぜ。金で自分を強化するんだろ? じゃあ金を奪われたらどうするんだ?」

「……さあ」


 ある程度密接していなければ、金は使えない。

 走るのに使っていた四万の効果も切れ、完全に素の状態になってしまった。


 だが。ヴァルもこういう事態を、全く想定していなかったワケではない。

 金貨を左右の靴に二枚ずつ仕込み、さらにリサに頼んで一枚を体の中に埋め込んでもらっている。

 つまり、今の所持金は五万だ。

 この五万で、前に七万でもまともな攻撃を与えられなかった、ドーシャを相手にしなければならない。


「……」


 正直『この五万で逃げる』というのも十分アリだ。

 というか、すぐにでも逃げてしまいたい。

 だが、逃げたところで、その先が安全かは分からない。

 ここまで入念に仕組んでいるのだ。既に包囲されている可能性もある。

 となると、今やるべきは、


(この五万でドーシャをぶっ倒して、ポーチを奪い返す!)


「……」


 構えを防御重視のものに切り替え、ドーシャを睨みつけた。

 狙うは一撃必殺。

 ヴァルが一文無しだと思っているドーシャには、絶対に立ち回りに甘さが出る。

 そこに五万を全て使った一撃を叩き込めれば……十分に勝機はある。


 ドーシャは、ヴァルがまだ闘志を失っていないのを見て、少し呆れたようにしながらも、ポーチを影の中に落とし、ナイフを構えた。


「勝てると思ってんのか?」

「勝ち筋が細いのは、戦わない理由にはならない」

「へっ、じゃあ引導を渡してやるよ!」


ダッ


 やはり、速い。

 ドーシャは一瞬で彼我の距離を詰め、上段から稲妻のようなナイフを振り下ろす。

 しかし、ヴァルはしっかりとそれを捉え、カリバーンでそれを受け止めた。


ギン!


 強化が無いので、黄金の剣が刃こぼれを起こすが、気にしていられる状況ではない。


「〈影迅〉」

「ッ!」


 月光に照らされた、奴の影が立ち上がって数刃の刃となり、下段からヴァルを攻撃した。

 剣はナイフを止めるのに使っているので、仕方なく後ろに下がりつつ、足運びでそれを躱していく。

 時々足が傷つくことはあるが、無視。

 致命傷になる攻撃を確実に止め、戦闘を引き延ばす。


ギン、ギン!


 スピード、手数には圧倒的な差があり、パワーも同程度。

 なのに、決着は着かない。


「もしかして、仲間でも待ってんのか?」

「……そうかもな。〈飛閃〉!」

「〈影壁〉」


 強化できないので大した威力にはならないが、牽制くらいにはなる。

 現に、ドーシャは影の壁で飛翔する斬撃を止めた。

 しかし、それではヴァルの姿を捕えることはできない。


ダッ


 体勢を低くして右側から回り込むように壁に近づき、ステップを踏んで左側から壁の内部に切り込んだ。


「〈弐段突き〉!」

「チッ」


 右側から来ると踏んでいたドーシャは、一瞬反応が遅れ、腕に小さな傷ができる。

 さらに追撃をしようとするが、防御がおろそかになり、影にふっ飛ばされてしまった。


「クソ。……まあ、一発入れたぞ」

「こんなかすり傷で何言ってんだ? テメェはその数十倍は食らってんだろうが」

「腕でも切り落としたら、置き土産には十分かな?」

「黙ってろ!〈影分身〉」


 ドーシャの影がグニャグニャと変形し、彼と同じ姿を形作った。


「行くぜぇ!」

「ッ!」


 影が先行し、影のナイフを片手に切り込む。

 ヴァルはそれをカリバーンで止め……いつの間にか回り込んでいた本体のナイフで、左腕に大きな傷がついた。


「グアア!」

「まだまだ!」


 激痛に呻き、とりあえず本体の方を蹴り飛ばそうとするも、影の方に止められる。

 その間に再び本体のナイフが振るわれ、右腿が血を吹いた。


 その後も、本体と影の波状攻撃で次々と傷ついていく。


 だが、これはチャンスでもある。

 奴は防御の要である影を攻撃に使っている。五万であの防御を突破できるかが不安だったが、今なら確実につるぎを通せる。

 あとは、機会を作り出すのみ。


(やるしかないか)


 覚悟を決め。


「〈裂刃〉」


 影の刃が延長し、ヴァルの肩から脇腹にかけてを大きく引き裂いた。

 勢いよく血が吹き出し、ドーシャはほくそ笑み――油断。

 さらに、血による攪乱。


(今!)


「〈金消費〉五万!」


 まずは一万で軽く傷を直し、少なくなった血を補充する。

 残り四万のうち二万を加速にまわし、二万をカリバーンに纏わせ――まだ何が起こったか分かっていない本体の方に、カリバーンを突き刺した。


「な、に……?」

「ハァハァ。残念、だったな」


 驚愕の表情を浮かべたまま、ドーシャは倒れた。



 刺さったカリバーンを引き抜き、座り込んで傷を抑えた。


(手加減はできなかった。……人を殺したのは、初めてか)


 吐き気がしてきたが、とりあえず思考を放り出すことで対処した。


「ッテ」


 最低限応急措置には回したが、まだ痛む。

 とりあえず自己修復しようと、気を失っているドーシャからポーチを回収しようとし――黒。


 倒れたドーシャは、全身真っ黒だった。


「……まるで、影みたいな――」

「その通りだ」


グサッ


 ドーシャのナイフが、ヴァルの心臓を背後から貫いた。

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