二十七万 storen
「戻ったぞ」
「お疲れさん。ナートはどうなった?」
「無事だよ。中々分解が難しい毒を食らったらしい。今リサが必死に解毒薬を作ってる」
ヴァルは動けないナートを抱えたまま、リサがいる伐採場まで走ってナートを届け、そのまま戻って来た。
解毒薬は、材料も道具も足りていないが、彼女ならなんとかするだろう。
「師匠……お疲れ様です」
「お前らもな。もう大丈夫だ、休んでくれ」
本来、夜の護衛はヴァルの予定だったのに、急用ができたせいでパーテンダーに任せることになってしまった。
もう限界が近い四人を休ませ、ヴァルも大金で疲労を落とす。
「さて、話しておきたいことがある。……アイツら。本気でこっちを潰しに来るぞ」
口は動くナートから、一通りの出来事は聞いた。
前までは手抜きをしていた、とは思わない。
だが、今度からはなりふり構わず来る。前まではやられた暗殺者を回収したりと、エストトへの配慮もあったが、次回からはそれが無くなるだろう。
「手が届く範囲ならまだいいけど『田舎の支店を爆破する』とかだと対応しれないぞ」
「それは無いやろ。同一犯による爆破が続いたら、専門のテロ対策班が動き始める。奴も共倒れまでする気は無いわ」
「……そのテロ対策班とやら、商会会長連続殺人の時は出て来なかったのかよ」
「さあな。その辺はウチにも分からん。騎士団が問題にしようとしてなかったからちゃう?」
まあ、爆破はさすがに目立つし、隠蔽しきれないか。
「となると、少ない手数で効果的な被害を出る――やっぱ、マーチェか伐採場狙いか?」
「そうやろな。でも、エストトの会長が捕まったら、虚英団の情報もちょっとは割れるやろ。そしたら、少なくとも王都での活動はしにくくなる」
「ってことは……」
「監査の当日まで。つまりは今日から明日までが勝負やな」
振り返ってみると、襲撃が始まってからたった数日の出来事なのに、何だかとても長く感じてきた。
こんな日々も、短ければあと二日か。
「なんか、腹減ってきたな。何か作るか」
「……なあ」
「ん?」
今回の言葉には、何か『重み』があった。
重要な話だろうか。
「ほぼ密室と言えるような場所に、美少女と二人っきりやぞ。何か無いん?」
「ねえよ。ってかお前自己評価高いな」
「事実を言ってるだけや」
確かに、マーチェが美少女なのは事実だ。
端正な顔立ち、儚い灰色の髪に、しっかりと主張がある胸部。
世界中で見ても、上位数パーセントに入るのではないか。
「でもまあ、俺婚約者いるし」
「は?」
「言ってなかったっけ?」
「初耳やぞ!」
「アイツ今何してるかなー」
まだマーチェが騒いでいた気がするが、料理の音でよく聞こえなかった。
◇
静かな夜。
ピリリリリ!
静寂を破ったのは、通信機の呼び出し音。
「リサか?」
「いや、これは――木の加工所やな」
伐採場で採れた木を、リサの機械で玩具や紙に加工する施設。
伐採場の一番近くの街中にあり――この世界に一つしかない、代替の効かない施設でもある。
つまり、場合によっては伐採場以上に襲われたら不味い。
……震える手を抑えながら、マーチェはそれに応答した。
「……何があっ」
『たす、け』
ドサ
物音が聞こえ、通信は切れた。
こちらから呼び出そうとしても、誰も出ない。
間違いない、襲撃されている。
「クソッ、街中やからと油断しとった!」
「……まだ生き残りがいるかもしれない。今すぐ行けば一人二人くらいは助けられるかも」
「あんなあからさまな通信、罠の可能性も高いぞ」
「それでも行く」
「……分かった。ウチの護衛はパーテンダーに任せるから、安心して行ってこい」
「サンキュー」
人命が掛かっているのだ。
金額のことは深く考えず、雑に四万使って狭い王都の道を走りぬけ、塀を軽く飛び越えて南西の道を辿る。
このペースでは、ニ十分くらい掛かってしまう。
それでは遅いと、さらに金をつぎ込もうとし――
「アテッ」
足に何かが引っかかり、盛大に転倒した。
今日は満月で比較的明るい方だが、夜にこのスピードの疾走は無茶だったか。
転倒の対策について考えつつ、立ち上がる時。足に何かが絡まっていることに気付いた。
そこにあったのは……
「透明な、糸?」
蜘蛛の魔物……にしては粘土が低い。
これは、人工物。
「……誰が、何のために――」
「お前を狩るためだよ」
「ッ!」
瞬時にカリバーンを抜き、振り返りつつ横に薙ぐ。
背後にいた奴は、それを飛んで躱し――ザン。
何かが切れる音がした。
「っへ」
「ドーシャ!」
襲ってきたのは、虚英団リーダー、影使いのドーシャだった。
ヴァルは一旦飛び退き、カリバーンを構えなおす。
しかし……違和感。
いつもより、体が軽い。
いや、これは体が軽いというより、荷物が――
ジャラジャラ
「おー、すげー大金。八十万くらい入ってんじゃねえの?」
「テメ、それ!」
ヴァルのポーチは、ドーシャの手の中にあった。
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