二十六万 俺の友達、出てこい亡霊!
足に鋭い痛みが走った。
見ると、細い針が刺さっている。
会話を聞くのに集中し過ぎて、索敵が甘くなっていた。
ヒュヒュン
さらに第二第三の針が飛ばされる。
ナートはそれをナイフで弾こうとするも、明かりが全く無い暗黒の中では上手く捕らえられず、横腹に針が刺さった。
「チッ」
舌打ちをしつつ、刺さった二本の針を抜いて、矢を取り出す。
「〈魂矢〉」
蒼い炎を灯し、牽制として針の飛ばされた方に撃つ。
深夜の建物の暗黒を一瞬青白い光が照らすが……相手の姿は全く見えなかった。
透明化のスキルを持っていたとしても、攻撃をしたら迷彩度は急激に落ちる。
なのに、奴の姿が見えなかったのはどういうことか。
カサカサカサ
得体の知れない音。本能的な恐怖を感じる。
とにかく、この状況は不味い。
ヒュン
「〈霊〉!」
追加の針を霊体化で躱し、壁を透過して隣の、さらに隣の部屋まで逃げ込んだ。
「フー」
壁に寄りかかって座りこみ、黒い外套を破った布で、針が刺さった箇所を結ぶ。
それから、逃げ込んだ部屋の構造を確認。
幾つか机が並ぶ、事務室のような部屋。とりあえず電灯を付けたい。闇はこちらの敵だ。
そう考えて、電灯のスイッチを付けようとし――足が、動かないことに気付く。
「……なるほど」
毒。
二本刺さっても大した傷にならないとは思っていたが、毒付きだったとは。
「……」
完全に動かないワケではない、麻痺しているといったところか。
動きにくいのは、右足と腹。
腹はまだ良いとして、右足は不味い。ナートの最大の武器である機動力が大幅に下がる。
左足で踏ん張っていくしかないか。
カサカサカサ
そんなことをしている内に、奴の足音(?)が聞こえてきた。
とりあえず、部屋の数か所に火の灯った矢を刺し、簡易的な明かりを作る。
「……来い!」
パリン
窓ガラスを破り、奴が入って来た。
蒼い火の薄暗い光だが、今度はその姿を捉えた。
第一印象は、四本足の蜘蛛。
「発見、排除」
「ッ!」
構えていた矢を射るが、蜘蛛野郎はそれを四つん這いの素早いサイドステップで避けた。
蜘蛛の様な動きに、ナートは顔を引きつらせながら近くの机を蹴とばし、ナイフを構える。
奴は机を軽く躱し、ナートに向かって飛びかかった。
「〈迅刃〉」
ナイフ一閃。刃が弧を描き、蜘蛛の背中を裂く。
しかし、地を這う相手は慣れておらず、ナイフの刃渡りもあって、傷は浅い。
そのまま、ナートは上から押さえつけられてしまった。
「キッ」
大きな質量。ナートの力では押しのけられず、ナイフを逆手に構えて、奴の背中に刺す。
だが、蜘蛛は止まらない。
「ガアアア!」
獣のような雄たけびを上げ、ナートの肩に噛みついた。
「グッ!」
鋭い痛みが走り、腕が裂けそうな痛みに襲われる。
いや――このままだと本当に裂ける。
「ガアアア!」
「〈霊〉!」
再びの霊体化。拘束を透過し、床を透過し。地下一階に戻って来た。
立ち並ぶ骸骨達がナートを歓迎する。
「ハア、ハア」
息を整えながら、また傷を破った外套で塞ごうとするが……噛まれた左肩も動かず、ロクに結べもしない。
噛まれた時に毒を注入されたか。
なんとか口を駆使して縛りつつ、動かない箇所の確認。
「右足と腹は置いといて、左肩から先もダメ……左足も動きが悪いですね」
これでも、まだ霊体化をフル活用すれば帰れるかもしれないが……あの蜘蛛野郎は放っておけない。
ヴァルはアレで抜けたところがある。あの毒針は脅威になりかねない。
「奴は、ここで倒す」
ダン、ダン!
天井から破壊音が聞こえてくる。
階段を使うのが面倒だからか、床を破って地下に降りるつもりらしい。
都合が良いと、ナイフをクルリと回し、床に刺した。
「奥の
霊、霊、霊霊霊!
そこら中の骸骨から、幽霊のような半透明の存在が出現する。
ナートは、辺りの遺体を媒介にして、死んだ亡霊達を呼び出した。
ダン、ダン! バキバキ
天井が唸り、破壊音がより大きくなる。
ナートは動きにくい左足を無理やり動かし、壊れる天井の真下から離れた。
ダン! ガラガラガラ!
天井が破れ、蜘蛛野郎が地下一階に落ち――一面の幽霊に囲まれた。
「ガアアアア!」
「カタカタ!」
蜘蛛が叫び声を上げ、幽霊がカタカタと歯を打ち鳴らす。
四本(?)の足を力任せに振り回し、周囲三百六十度から迫る幽霊を次々をふっ飛ばすが、幽霊の数に対して処理能力が全く足りていない。
さらに、一人の幽霊が床を透過して、下から足を押さえつけた。
それによって、二本の足が止まり……あとは、ただの蹂躙だった。
「ギイイイイイイイ!」
「カタカタカタカタカタカタカタカタ――!」
無数の手に掴まれて身動きが取れなくなり、体中に幽霊のガタガタな歯跡が付く。
実行したナートすら、あまり使ったことが無い術だったため、ここまで圧倒的になるとは思っていなかった。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「カタカタカタ!」
幽霊の怨念か。ナートの言うことを聞かずに、蜘蛛を攻撃し続ける。
慌てて床に刺したナイフを引き抜き、現界を解除した。
男は重体。
少なくとも数日は動けないだろう。
それを確認してからナイフを仕舞い、まだ順善に動く右手一本で、空いた穴から一階によじ登った。
床を破る時に、轟音が響いている。
ナートの存在はもう知られているだろう。この体調での戦闘は不味い。
「さっさと退くとしますか」
「させねえよ」
立体的な影の腕がナートの足を掴んだ。
ヴァルの言っていた影使い。
ズズズ
闇の中で影が
「あーあ、無残にやられちまって……マジで無残だな」
「同じ目に合わせてあげましょうか?」
まだここなら地下から大量の幽霊を呼び出せる。
さっきの蜘蛛と同じように、といきたかったが――
ズズズ
何かを察したのか、影が穴を塞いだ。
あの幽霊に単体のパワーは無い。影を破るのには相応の時間がかかる。
「チッ」
足を掴む影を断ちつつ、建物の構造を思い出す。
ここは、建物の中でも北側だったか。
ならば、ここから北西に抜けるのが最短。
「ってかお前、エルシオン商会の回し者だよな。会長と顔似てるし。……いい人質になりそうだ!」
「〈霊〉」
波のような影が迫り、ナートは霊体化。
彼女の動きと倒れた蜘蛛男から、影使いドーシャはナートが毒を食らっていることを察していたので、大したことはできないと考えていたが――ことの他、ナートの動きは素早かった。
体のほとんどは麻痺していたにも関わらず、動けたのは、足を使っていなかったから。
霊体化中は地面にすら触れらない。
それでも地上に留まれるのは、霊体化中は浮遊しているからだった。
一瞬で壁を二枚、三枚と透過し、六枚目をギリギリで透過したところで霊体化の効果が切れた。
屋敷からは出られたが、まだ堀内。
さらに、屋敷の方からは次々と壁を破壊する音が聞こえてくる。
蜘蛛とは違って、破壊が早い。
「クッ!」
間に合うか、再度の霊体化。
ダン、ダン!
四、三――壁の枚数はドンドン減っていく。
それに対して、霊体化再使用までの時間は、まだ十秒以上残っている。
「……」
唯一残った右手で、ナイフを抜いた。
足手まといになるワケにはいかない。
「……姉さんのことは任せましたよ、ヴァル」
「勝手に任せるな」
聞こえるハズのない声。
見上げると、月光を背にして手を差し伸べる、ヴァルがいた。
「どうして、あなたがここに」
「お前が心配ですっ飛んで来たに決まってんだろ。それより、なんだこの音」
「敵が迫ってる音ですね」
「よし、早く帰るぞ。……立てないのか?」
「実は、毒が回っていてですね――」
「……文句言うなよ」
「キャッ!」
ヴァルは両手でナートを抱え――いわゆるお姫様抱っこをし、何万か使って堀を飛び越えた。
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