二十五万 たからものさがし

「マーチェの説得()を聞いて、虚英団の尋問しなおしたらしい。すると、エストトとの繋がりがザックザク」

『だろうね』


 通信機からリサの声が聞こえてくる。


 今は、情報交換の最中。

 大きく動いた状況を報告している。


「書類集めに時間がいるからすぐにとは行かないけど、二日後には監査が入る」

『そうかい。……数十年も犯行を続けてきたんだ。もし監査のことを察知したとしても、二日では隠しきれないだろうね』

「……これでエストトは終わりやな」


 親の殺害を指示した者の断罪が迫っているのが嬉しいのか、まだ殺してやりたいという思いもあるのか。その声はとても微妙なものになっていた。


「大丈夫、数十年も利益のために殺人を続けてきたんだ。どちらにしろ死刑だよ。〈偽証看破〉で誤魔化しも効かないだろうし、奴らの罪は絶対に白日の元にさらされる」

「せやな。……それより、今は虚英団を捕まえる算段を整えなあかん」


 エストト商会は金を払って暗殺を依頼していただけに過ぎない。

 暗殺の下手人は虚英団の方だ。

 商会が解体され、指名手配されたとしても、奴らが捕まることはないだろう。

 それはマーチェが許さないし……ヴァルとしても認可できない。


「居場所を特定するか、どこかにおびき出すか――」

『とりあえず、エストトの会長から情報を引き出したいね』


 打合せは続き――違和感。

 いつもより、人数が少ない。

 ヘッグが参加しないのはいつものことだが……


「……そういや、ナートはどうしたん?」

『ん? 「緊急の用事がある」とかで、そっちに行ったけど』

「来てないぞ」


 束の間の静寂。

 できれば考えたくなかった見解が、脳裏を過った。


「まさかアイツ、独断でエストトの会長を暗殺しに!」

「ッ!」


 すぐにマーチェがナート用の通信魔道具を手に取る。

 甲高い呼び出し音が響き……ナートはすぐに応答した。


「ナート!」

『丁度よかった。今から連絡を取ろうと思っていたので』

「おい、何しようとしてる!? ってか今どこにいる!?」

『エストト商会の本部前です』

「ッ、エストトの本部ってどこだ!?」


 無意識にカリバーンに手を掛けながら、地図からエストトの本部を探す。

 しかし、通信機から聞こえるナートの声は落ち着いたものだった。


『何か勘違いしてません?』

「お前に殺人鬼にはさせない!」

『……殺人なんてしませんよ。奪われたものを取り返しに行くだけです』

「……?」

『父の首』


 マーチェがハッと息を飲む。

 彼女らの父、フォンド・エルシオンの首は、死亡報告をするためなのか、虚営団の襲撃者たちが持ち去っていった。

 そのせいで、彼の墓に頭の骨は入っていない。


「……十年前の遺骨なんて残してないだろ」

『私は【亡霊】です。父の残滓が周辺にあることは何となく分かります』

「……」

『証拠隠滅のため、消し去られる可能性もあります。奪い返すなら今しかありません。……私は行きます』

「ちょ!」


 通信が一方的に切られた。

 再度つなげようとするが、一向に繋がる気配はない。

 どうやら、潜入の邪魔にならないようにするため、破壊してしまったらしい。


「……あーもう!」





バキ


 通信機を壊してから、ナートは眼前の巨大な屋敷に向き直った。


「さて」


 ナイフを屋敷の塀に刺し、クライミングの要領で身軽にそれを乗り越えた。

 漆黒の外套が、月光の影を作り出す。


 一度静止し、堀の上から屋敷全体を俯瞰する。

 城とも言えそうな、巨大な屋敷。

 まだ人がいるのか、所々に電灯の明かりがついている。

 父の頭蓋骨は……おそらく地下か。遠くから音だけで通信機を探すようなものなので、確信はないが、何となくの位置は分かる。


「行きますか」


 呟いて、堀から降りた。

 出入口には見張りがいるが、ナートには扉どころか穴すらいらない。


「〈霊〉」


 霊体化し、壁を透過して屋敷に侵入した。

 出た廊下を見渡し、誰にも見つかっていないことに安堵する。

 まあ、もし誰かに見られていたとしても、そいつを一瞬で黙らせるだけだが。

 

「……」


 透明化を発動させ、音も無しに駆け出した。

 近づいたからか、段々と骸骨の場所がハッキリとしてきた……ような気がする。

 とりあえず、一回地下室に降りたい。


 ここはあくまで商会の本部。

 防衛の拠点などではないため、階段の一つはアクセスしやすい屋敷の中央部に――


「……」

「あー、忙しい忙しい」


 二人の従業員と鉢合わせそうになった。

 廊下の隅にうずくまり、透明化でやり過ごす。


「……何か視線感じんだけど」

「えー、誰もいないよ」

「……」


 〈透明化〉の迷彩も完璧ではない。

 集中してジッと見つめられると、半透明のような状態になってしまう。

 ナートは勇気を振り絞り――


「……チュー」

「なんだ、ネズミか」

「ちょっと変な声じゃなかった?」

「そうかな? それより、早く仕事しないと」


 そう言って、書類を持った二人はナートの横を素通りしていった。

 緊張で高鳴った胸を撫で下ろし、再び走り出す。



 その後、何回か従業員をやり過ごしてから、中央の階段に辿り着いた。

 しかし……階段は上にしか繋がっていない。

 が、父の反応は最高潮に達している。間違いない、この直下だ。


「もしや――」


コンコン


 この音は、空洞がある音。

 秘密の地下室という奴か。


「〈霊〉」


 再びの霊体化。

 床を透過して、地下へと降りる。



タン


 鳴らないハズの足音。


 骸骨はあった。

 沢山。


「ウッ!」


 芸術品の様に、棚に並べられた骸骨。

『リクド・ラン』『カラップ・ミーメア』『マワリ・ヒ・ウラユギ』

 その一つ一つに名札が付けられており……その名前は、過去の商会会長のものだった。


「コレクション? ……悪趣味な」


 吐き気がするが……分かりやすくて助かる。

 フォンド・エルシオンの名は割とすぐに見つかった。


「迎えに来ました」


 そう呟くと……骸骨は頷いた気がした。


 用意していた袋にフォンドの骸骨を入れ、肩に背負う。

 そのまま霊体化し、天井を透過して一階に戻った。

 あとは脱出するだけ。少し浮き足立ちながら、来た方から帰ろうとし――


「なぜ監査を止められない! 幾ら払ったと思ってる!?」


 階段の上から、怒鳴り声が聞こえてきた。

 無視して帰ろうかとも思ったが、その内容が気になり、もう少し滞在することを決める。


「こ、国王が一枚噛んでるみたいで――」

「どうして王都に上がって来たばかりの弱小商会がそんなコネクションを持っているんだ!?」

「……相手が女王の病気を治した商会だからですぅ」

「うるさい! もういい、出て行け!」

「は、はい」


タッタッタ


 怒鳴られた部下らしい者が離れていく。

 言動的に、怒っているのはエストト商会の会長か。


(今なら、殺せるか)


 今宵のナイフは血に飢えている。

 霊体化して天井を抜けようとしたところで、肩の骸骨が疼いた。


(……)


 父が止めている。


 ……父に殺しを見せる娘がいるのか。

 まだ後ろ髪を引かれつつも、殺しを諦めてまた帰ろうとした時、


「いるか、ドーシャ」

「ああ、いるぜ」


 もう一つ、男の声が聞こえてきた。

 もし暗殺しようとしていたら、そいつに返り討ちにされていたかもしれない。

 踏みとどまれたことに安堵し、沈黙して話を聞き続ける。


「結構ヤベー状況じゃねーか。どうする気なんだ?」

「……もう詰みだ。監査は止められないし、証拠も隠蔽しきれん。いや、隠蔽したとしても、国王まで絡んでるのだ。証拠をでっち上げられる可能性もある」

「あー、お前も年貢の納め時か。お疲れさん。俺達は別の雇い主を探すとするよ」


 もしかしたら、会話の相手は虚英団のリーダーなのかもしれない。

 物音一つで聞こえなくなるような声を、集中して拾い続ける。


「待て」

「何だよ。共倒れなんてする気はねぇからな。ここでお前を殺さないだけでもありがたく思えよ」

「そうではない……最後の依頼だ。俺の商会を潰したエルシオン商会を、道連れにしてくれ」

「えー、あんな面倒な奴の相手なんてしたくないんだけどなぁ。……お前は何を支払える?」


「……俺の財産を、好きなだけ持って行け」


 商会会長の巨大な財産。

 まだ監査を切り抜ける可能性にも関わらず、それを全て賭けた。


「グッド。まあ長い付き合いだ。冥途の手向けにしてやるよ」

「お前、暗殺者の割に熱血だよな」

「殺されたいのか? 折角人がやる気を出してるっつーのに」


 奴らはこれから、本気でエルシオン商会を潰しにくる。

 この情報をマーチェに伝えようと、ナートは動き出し――


ヒュン


 足に鋭い痛みが走った。

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