二十四万 札束✖札束
「師匠、起きて下さい!」
「え~、まだ眠い」
「緊急事態です!」
「何があった!」
起こされた時はまだ霧がかかったような感覚だったが、緊急事態と言われた瞬間に飛び起きた。
すぐに枕元に置いておいたカリバーンを手に取り、ポーチを左手に、三万をスピードに使う。
ガン ガン!
神速で仮眠室を飛び出し、建物のいたるところを破壊しながら、マーチェのいる執務室に突撃した。
「マーチェ、無事か!?」
「……落ち着き、襲撃ちゃうわ」
襲撃ではなかったらしく、無事そうだったが……マーチェは苦味を潰したような顔をしていた。
とりあえず、自分の心配が杞憂だったことに安心して一息つく。
ダンデさんが後頭部を掻きながら。
「ったく、俺達もいるんだから、大丈夫に決まってるだろ。……マーチェ自身は」
「それもそうですね……じゃあ、何があったんだ?」
「とりあえず六人分の飯を作り。話はその最中にしたる」
「分かった」
いつもより多く材料を引っ張り出し、料理を始める。
その間に、自分でも整理するようにマーチェは語り出した。
商会の馬車が襲われたらしい。
荷物が目的の強盗のように見せかけているが、十中八九、虚英団の仕業だろう。
もちろん、魔物を撃退するための冒険者を雇っていたが、強い魔物が出ない地域だったため、そこまで強い者でもなく、御者と共に処されてしまったらしい。
そして、現在分かってるだけでそんな事件が三件も起こっている。
「馬車の三つや四つ届かんくらいで破綻するような、ヤワな態勢にはしてないけど、これが続くと不味いぞ」
「だよなぁ……貯蓄してある物資にも限界があるし」
「そう簡単な問題でもない。このまま『エルシオン商会の従業員が次々に殺されている』という噂が立てば、従業員が離れてく」
「そりゃヤベーな」
人とは資本。
いなければ、商会は回らない。
マーチェ本人や重要拠点を狙わずに、孤立している馬車から狙うとは。
いよいよ手段を選ばなくなってきた感じがする。
パーテンダーも交えて、六人で対策を話し合う。
「早急に対処せんとマジで終わるわ」
「とりあえず、護衛の冒険者を強い人にするというのはどうでしょう?」
「それこそ奴らの思うつぼや。輸送にかかるコストが激増するし、ただ強い奴を雇えば良いってもんでもない。アサシンに耐性がなけりゃ暗殺されるだけや」
スズカの案を、マーチェが一蹴した。
……思ったよりも対処が難しい。
単純だが効果的な攻撃だ。
「……守りに入るからダメなのよ。こうなったら、こっちもエストト商会の馬車を襲いましょう!」
「それこそ無理があるだろ。その先にあるのは、血で血を洗い、札束と札束で殴り合う商会同士の戦争だ」
「……」
「良くて共倒れ、悪くて俺達だけ撃沈だぞ」
自分の案が即刻で否定されたことで、エルフのチェリーは少し不機嫌になった。
だが、防御が難しいのは確かだ。
攻撃で対処するというのは、悪くないかもしれない。
「っつーか、監査はどこ行ったんだよ」
「そういやそんなんあったな。待っとれ、今ゼスタを問い合わせに向かわせるわ」
彼用の通信魔道具を手に取り、リサが襲撃者を引き渡したという詰所に行くよう指示した。
監査が入って、エストトの所業が知れ渡れば、少なくても大罰金、悪ければ解体までありえる。
そうなれば、こちらに手を出す余裕など無くなるだろう。
「捕まえてくれたリサに感謝」
「じゃなかったら、襲われそうな馬車にナート辺りを乗せるクソゲーが始まっとったわ」
何となく対処法が見つかったので、パーテンダーの面々は、ヴァルと交代で就寝した。
残っているのは、ヴァルとマーチェだけだ。
「お前は寝なくていいのか?」
「大丈夫、まだあと一日は持つわ」
ピリリリリ
その時、ゼスタから返信が来た。
「どうやった?」
「ダメですね。『上に確認します』の一点張りで、まともに取り合う気が無いように見えます」
「……金色の菓子でも貰ったんやろな」
「何それ?」
「要するに賄賂や」
数十年も暗殺をしておきながら、ロクな捜査もされていない時点で察するべきだった。
少なくとも、王都の騎士団の一部は買収されている。
「どうする? こっちもお金で対抗するか?」
「そんなまどろっこしいことする必要ないわ。ゼスタ、その騎士と直接話させろ」
『承知しました』
数秒後、魔道具が騎士に渡ったらしく、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
『もしもし、ゼスタさんの上司の方ですか』
「せや」
『ただいま込み合っているので、すみませんが監査はもう少し――』
「金色の菓子は美味しかったか?」
唐突に、ドストレートに踏み込んだ。
相手は少し困惑しつつも、誤魔化そうと舌を働かせる。
『な、何のことでしょう?』
「あくまでとぼけるか。そういや、こっちの名前を伝えとらんかったな。すまんすまん、礼儀がなっとらんかった」
『はぁ』
「ウチの名前はマーチェ・エルシオン。エルシオン商会の会長や」
『そうですか』
「この商会名に、聞き覚えがないか?」
『……』
「一ヶ月前に、王女の病気を治した――」
魔道具の向こうからハッという声が聞こえ、さらにマーチェは畳みかける。
「王女様の病気は無事に完治したみたいやなぁ。良かった良かった」
『そ、そうですね』
「そのお陰で、ウチは国王さんとちょっとしたコネクションがあるんや」
『ッ――!』
王都の騎士の最高指揮権は、国王が所持している。
騎士の一人や十人をギルティするくらいはワケない。
しかし、実際にマーチェにコネクションがあるかと問われれば、答えはNOだ。
報酬はもう貰っている。国王もそんなに暇では無いし、もう付き合いなど全く無い。
つまり、このカードはブラフだ。
だが、相手の騎士はそれを信じている。
自分と家族の首が掛かっている状況。
息を飲む音が聞こえてくる。
「なに、ちょーっとだけエストとの監査を早くして欲しいんや。できるよな?」
『は、はい! 上と掛け合ってみます』
「頼むわー」
そう言って、マーチェは通信を切った。
手で枕を作りながら、ヒュウと口笛を一つまみ。
「後はゼスタが何とかするやろ。……どうや? 正攻法で詰め切ったぞ」
「ああ、よくやった」
彼女の成長のようなものを見て、嬉しくなりながら頭を撫でる。
……勢いでやってしまい、嫌がられるかとも思ったが――彼女は顔を赤くするだけだった。
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