二十一万 拠点防衛

 マーチェが襲撃を受けたのとほぼ同じ刻。

 ナート、ヘッグ、リサの三人は、エルシオン商会の木材伐採場にいた。


 ウッドツリーという木の魔物を使役して、大量の木を採る伐採場。

 商会で使う木の90%はここで採取されている。

 エルシオン商会の主力商品は木や紙を使った玩具であり、ここが無くなるのは、正直マーチェが居なくなるより不味い。

 なので、三人で重点的に守っているのだ。



「ここ木しか無いよー。鉄が食べたい!」

「ヘッグが食べる分は持ってきていますから、我慢して下さい」

「えー。もう二週間もここにいるし……大体、にちゃはどこ行ったの?」

「彼は別行動をしてるよ。それより――」


ピリ


 通信魔道具のワンギリ。

 その相手は、マーチェ。


「あちらは始まったようだ。きっとこっちも直ぐに始まるよ」

「……」


 遠方にいる姉が襲われてることを知り、ナートの表情が強張った。

 一瞬、脳に十年前の悪夢がよぎる。


 そんな彼女の肩に、白衣の袖が乗った。


「大丈夫さ、あっちにはヴァルがいる。彼ならきっと守り切ってくれるさ。私たちは、私たちの役目を果たそう」

「……ですね」

「行こー!」


 ナートはナイフを空中で数回転させてから手に取り、ヘッグは体内の金属量を軽く操作し、リサは銃弾を手で込めながら、待機室から出て行った。



ヴー


 施設内に、大きなサイレンが鳴り響く。

 この音は、外に危険な魔物が出たというもの。

 伐採場は街から少し離れた場所にあるので、魔物が寄って来ることはままある。

 そういう時、職員らは地下シェルターに入ってやり過ごす。


「警報を鳴らしておいた。ここに寝泊りしてる職員はシェルターに集まるだろう。一応、ヘッグはそこの防衛に当たってくれ」

「はーい」


 相手の狙いが人的資源である可能性がある、

 ヘッグは離別し、予め教えておいたシェルターの方へ走っていった。

 彼女なら、暗殺者との戦いで負けることは無いだろう。


 そして、ナートとリサは、そのまま施設の中を駆けていく。

 素の速度ではナートに遠く及ばないリサだが、ローラースケートのような靴でそれをなんとか。

 便利なものだが、開発者のリサ曰く『舗装された道でしか使えない』らしい。


 ナートに付き従って、施設内を進んで行き……突き当りに、黒装束の男がいた。


「なっ!?」

「バーイ」


 リサがスケートで滑りながら銃を構え、引き金を引こうとするも、銃口をナートの手が塞いだ。


「何……ああ」

「私がやります」


ダッ!


 逃げようとする黒装束を追ってナートが駆け出す。

 相手も熟練の暗殺者。スピードはかなり早いが、ナートには及ばない。

 その距離はどんどん短くなっていく。


「クソッ!」


 黒装束がナートに向かってナイフを投げるが、ナートは霊体化でそれを透過する。


「ヒッ!」


 一瞬では受け入れられない光景に、黒装束の足がもつれ。

 追いついたナートが、その背中にナイフを刺した。


「……殺してないだろうね?」

「もちろんです。コイツらには色々と話してもらわないといけませんから。それより、その箱は?」


 発見した時、黒装束は通路の角に黒箱を仕込んでいた。

 ナートが追跡している最中、リサはそれの解析をしており、


「何か分かりましたか?」

「中身は火薬で、箱の内側には時限式の着火の魔法陣が仕込んである。早い話が時限爆弾だ。施設ごと爆破して木っ端みじん、という作戦かな。銃を撃たないで良かった」


 リサは室内の近接戦を想定して、マシンガンを持っていた。

 もしあそこで銃弾をばら撒いていたら、起爆してナート達も爆発に巻き込まれていただろう。


「設定時間は?」

「魔法の解析は得意じゃないんだけどねぇ。おそらく、午前五時」


 あと約三十分。


「処理はできますか?」

「ああ、魔法陣を崩すのは難しいが、魔法陣の部分を切り取れば爆発することは無いさ」


 そう言って、リュックから工具を取り出し、魔法陣の部分を切り取り始めた。

 その間に、ナートは倒した奴を掴み上げる。


「爆弾は幾つある?」

「……知らん」

「なら、仕方ありませんね」


 ナートは男の口にゆっくりと手を近づけ……すり抜ける。


「ヒッ!」


 霊体と接触した部分には感触はないが、冷たい、ヒンヤリとした感覚がある。

 それが喉奥と接触し……体が内側から乱されるような、気色の悪い感触。

 そして、霊体化が解除される前には、だんだんと霊体部位は温かくなり……寸前に手は引き抜かれた。


「ヒッ、アアアアア!」

「さて、次はどこがいいですか? 胃? 肺? 心臓? 目? 脳? それとも今度は両手にしましょうか?」

「分かった、吐く! 十個だ!俺が持ってたのも合わせて十個だ!」

「ほう」


 再び霊体化。

 今度は冷たい手を胸に差し込み、握りつぶすような仕草で心臓を弄ぶ。

 心臓だけが、異様に冷たい。


「ヒイアアアアアアアアア!」

「嘘は分かります。真実のみを言いなさい」

「十二! 十二個!」


 残り十一。

 とりあえず情報を引き出し終わった黒装束の意識を奪い、用意していたロープで手足を縛った。


「さて、残り三十分弱で十一個の爆弾を処理しなきゃいけない。私は誤射したら不味いから動きにくいし、ナート一人で戦わないといけないよ」

「問題ありません。行きましょう」


 頭の中で施設の図を思い描きながらナートは駆け出し、その後にリサのローラースケートが続く。


 黒装束が爆弾を設置しようとした場所は、建物の重要な柱の元にあった。

 恐らく、他の爆弾も建物の重要な箇所に設置されるのだろう。


「となると、次の爆弾は……」

「待て待て、そういうのは私の仕事だろう? ……まずは、食堂に行くとしよう」

「はい」


 廊下を右に左に進み……突然ナートがナイフを構える。


「そこにいるな!」


 何もない空間に、ナイフを突き刺すような動作をし……ナイフの切先が消え、血が噴き出す。

 刺さった相手は、透明化していた暗殺者だった。


「ガッ」

「〈裂刃〉」


 さらにナイフが数刃刺さり、相手は出血して倒れた。


「よくわかるものだね」

「何年も待ち望んできたことですから。それより、この人は爆弾を持っていませんね」

「もう食堂に設置した後だったのだろうね。私が処理して来るから、ナートはコイツを縛っておいてくれ」

「了解しました」





 リサが的確に爆弾の位置を言い当て、ナートが鉢合わせた暗殺者を処理し、十二個の爆弾を全て処理し終えた。

 黒ずくめの方は九人しか捕まえられなかったが……まあ十分だろう。


 ナートは空き部屋に捕まえた九人を叩き込み、その中の一人を掴み上げた。


「さて、あなた方には色々と聞きたいことがあります」

「……」


 奴は『何も話すことは無い』と言わんばかりにそっぽを向いたので、ナートは無言で手を霊体化させ――


「待ちたまえ。そんな教育に悪い場面をヘッグに見せるわけにはいかないだろう?」

「では、どうする気なのですか?」

「テッテテー、自白剤~」


 どこか語呂が良いリズムで、白い錠剤を取り出した。

 嫌がる黒装束の口を無理やり開けて、その錠剤を十粒ほど口の中にぶち込み……どこか虚ろな表情となる。


「あ、あ……」

「では、一つ目の質問だ。君たちの雇い主は誰だい?」

「俺は、知ら、ない。上からの、命令で、動いてる、だけ」

「……そう簡単にはいきませんか」


 コイツらは末端も末端。

 雇い主のことを知らなくても、上からの指示で動けば何も問題ない。


「じゃあ、拠点はどこにある?」

「俺達が、捕まった時点で、移してる」

「チッ、役に立たないな」


 尋問していた男を放り、リサは考える。


 情報が全く落ちない。

 まだ、相手の実体どころか、規模すら掴めていない。

 せめて、雇い主か拠点の位置くらいは把握しておきたいところだ。


「さて、どうするか――」

「そう難しい話ではありませんよ……釣りは好きですか?」

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