二十万 商会大戦争
「伏せろ!」
咄嗟に三万を全て足に回し、マーチェの頭上をカリバーンで突く。
最後の暗殺者は、それを簡単に受け止めた。
仮にも、スピードには三万懸けている。それを、容易く止めた。
(コイツ、強い)
チキチキ
力比べの拮抗状態が続く。
「やるな、俺の透明化を見抜くなんて〈裂刃〉」
「相棒がよく使うから慣れてんだよ、二万追加!」
マーチェに向かって振り下ろされる刃を止めるため、さらに金貨を二枚。
ギッガガガガガガ!
ひとまず、二人の間にいるマーチェが下がる時間を稼ぐ。
どこかおかしかった彼女も、命まで捨てる気は無いのか、四つん這いでヴァルの背後に回ろうとし、
「あ」
奴の影が立体化し、マーチェの足を掴んだ。
「ッ、五万!」
緊急事態ゆえ計算する暇も無く、雑に五万入れて奴を蹴り飛ばした。
机と椅子をクラッシュし、壁にめり込む。
その間に、足を掴む影を斬った。
「あ、ありがと」
「まだだ、下がってろ」
最初の三万の効果は切れているとはいえ、まだ七万は残っている。
七万の高級キック。かなり自信はあったが、立体化した影にガートされてしまい、まともに入っていない。
すぐにめり込んだ壁から抜け出し、床に影を広げる。
出来れば、十万でも二十万使って一瞬で片付けたいが、街中でそう無理はできない。
何より、今の最優先事項はマーチェを守ること。
奴一人に集中していたら『もう一人暗殺者が潜んでいた』という事態になりかねない。
さらに金をつぎ込んで、戦闘力を上げ――
「おー怖い。今日のところは退かせてもらうよ」
「……」
床に広がっていた影が収縮し、奴もその影に吸い込まれるように消えていった。
気配はしない。本当に退いたか。
床を見渡すと、他に倒れていた五人の暗殺者達も消えていた。
あの影に回収されたらしい。もしかすると、それが主目的だったのかもしれない。
「はぁ……無事か?」
「ああ。それより、奴らは?」
「退いたよ。それより――」
「追え」
底冷えする声。
いつものおちゃらけた彼女からは考えられない、冷たさだった。
「追え!」
「いや無理だって」
「幾ら使ってもいい。一億でも十億でも出すから、追って殺せ!」
「貴族街でそんな無茶できるわけ無いだろ。何より、お前の安全が確保できない」
「別に、私は死んでも――」
「マーチェ!」
肩を掴んで、大声で正気に戻させる。
「冷静になれ」
「……せやな。さすがにどうかしてたわ」
『いつもの調子に戻った』というように、辺りを見回し、
「あーあ、結構壊れちゃったな。明日は臨時休業か」
「いや無理があるだろ」
「……」
「説明しろ」
今日の彼女は、余りに異常だった。
明確な殺意。
挙句の果てには、自分で引き金を引き始める始末。
「何がそこまでお前を駆り立てた?」
「……しゃーないな。その前にご飯ちょうだいや。食べながら話すわ」
「分かった」
ヴァルの料理に舌鼓を打ちながら、マーチェは話し始めた。
エルシオン商会の歴史。
ヴァルは商会の創設者はマーチェ・エルシオンだと思っていたが、厳密には違う。
本当の創設者はマーチェとナートの父親、フォンド・エルシオンだった。
マーチェと同じく【大商人】であり、人間領南東の片田舎に生まれ、自分の実力一つで乗りあがって来た。
その頃はまだリサが居なかったので、奇抜な発明ではなく、主に流行の先読みで利益を上げていた。
よく街を練り歩き、売れそうな料理や服を見つけては、発案者を雇って原材料を大量受注し、商会の店で一斉に売り出す。
読みを一つ外せば一瞬で潰れるような賭けを繰り返し、一代で王都に出店するまでに至った。
その頃には妻と可愛い二人の子どもができていたので、少し安定志向に切り替えたが、それでも高い利益を叩き出していた。
しかし、近々王都の貴族街に店を出すという、ある日。
王都に移転したエルシオン商会の本部。
「……」
静かな夜。
マーチェは父に肩を揺らされて目を覚ました。
「どうしたの?」
「……隠れてなさい」
一緒に目を覚ましたナートとともに、倉庫に入れられた。
「どうしたの?」
「ナート、気配を、消していなさい。君にならできるはずだ」
「……うん」
商人の勘か。
危険を察知したフォンドは大切な子どもたちを匿った。
その数瞬後。
ザン! プシャー!
突然、フォンド・エルシオンの首が落ちた。
「え?」
姿を現したのは、黒ずくめの男たち。
フォンドの首を小さな箱に入れ、夜闇に消えた。
起きた出来事が一瞬過ぎたのでよく分からなかったが、それで助かった。
事実を認識した後、泣き叫ぶのを、聞かれなくて済んだから。
「「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああアアアアアアアアアあああああああああ」」
後から知ったが、他の場所にいた母も殺されてしまったらしい。
他にも、エルシオン商会の上層部はほとんど姿を消した。
頭であるフォンドが死んだせいか。誰かがこうなることを予測していて、用意をしていたからか。
エルシオンは直ぐに衰退の一途を辿り、話題にも上がらなくなった。
ヴァルが聞いたこともないくらいに。
「……」
「それから、生き残ったウチとナートは父の側近やったゼスタっちゅー男に引き取られたんや。ほら、最初にヴァルを連れてきたアイツや」
「……ああ」
「それからは忙しかったわ。どんどん潰れてく支店から、できるだけ食いあぶれができないように他の職を紹介して……残ったのは、全体の3%くらいやったか。ってそんなことはどうでもええか」
懐かしいような、苦いような声から切り替え、
「問題なのは、父さんと母さんを殺した奴らや。ウチは、奴らが大商会からの回し者やと見とる」
急激に成長した商会を脅威に思って、排除に動いた。
不自然ではない。
調べてみると、他にも『王都まで来た商会が消えていった』という記録があったらしい。
その要因は、巧妙に隠されていたが、そのほとんどが商会の主の突然死だった。
「だから、再び王都に進出すれば、出て来ると思っとったわ」
「……なるほどな。色々と納得がいったよ」
前々から、ナートの戦い方は対人戦に重きを置きすぎていると思っていたのだ。
それは、彼女最大の目的が奴らからマーチェを守ることで……次点で、両親の仇である奴らを殺すことだったから。
おかしいとは思っていた。
ヴァルとナートを宣伝に使うことを思いついたのは、雇った後のことだった。
特に意味も無いのに、大金を費やしてヴァルを雇ったのは、近々襲撃があるのを察していたから。
「……一つ聞いておきたい。お前が商会を再興させたのは、何のためだ?」
「アイツらをおびき出すため」
「ッ……」
「父さんと母さんを殺した奴らは、まだのうのうと生きて、上がって来た商会を潰しとる。そんな奴らを殺すために、ウチは生きて――」
ガッ
突然、ヴァルはマーチェの襟を掴み上げた。
「違うだろ。最初はそうだったのかもしれないが、上がった売上を嬉しそうに見るお前の笑顔は、本物だった。……お前は、復讐が終わったらどうするつもりなんだ?」
「先なんて無い。命を懸けて、自分を囮にしてでも――」
「止めろ! ……復讐に囚われるな。死んだ両親がそんなことを望んでいると思うか?」
「……」
「断罪までは望むかもしれないが、それでお前が命を失うのは絶対に望まない。お前は絶対に俺が守るし、捕まるようなこともさせない。もしそんなことをしようとしたら、俺が止める」
幾ら命を懸けるといっても、最も上等な餌であるそれを、簡単に切ったりはしないだろう。
だから、今もヴァルを護衛に付け、離れない。
近くにいるなら止められる。
「……分かった。とりあえず離しとくれ、苦しいわ」
「あ、悪い」
襟を離して、椅子に座り直させた。
彼女は服装を整え……顔を上げた時の目は、少し変わっていた。
「さて。これからどうする?」
「籠城戦や。手がかりも無しにアサシンの集団をデストロイすんのは、現実的に不可能や。そうなると、おびき出すしか無い。そのためにここまで来たんやから」
「……」
「分かっとる、簡単にやられる気は無い。幸い、時間はこっちの味方や。今頃、奴らは雇用主から情熱的な叱責を受けてるやろうな」
「……その雇用主ってのは、誰だと思う?」
奴らの目的は、勢いのある商会を潰すこと。
それによって得をする者といえば、現在王都を牛耳っている大商会だろう。
マーチェもそれに呼応するように、三枚のメモを取り出した。
その一枚一枚に、商会の名前とその詳細が記載されている。
「根強い歴史を持っとるヒステン商会か、最も規模が大いエストト商会か、ちっと格は落ちるけど、裏世界との繋がりが強いダークァ商会のどれかやと、ウチは睨んどる」
「なるほど」
確かに、今挙げられた三つの商会は、その世界に明るくないヴァルにも知っているような有名なものだった。
ヒステン、エストト、ダークァ。その中のいずれかが、暗殺者集団を雇って、エルシオン商会を潰しに来ている。
「まあ、その辺は奴らをとっつかまえれば分かるやろ」
「それもそうだな」
ピリリリリリ
その時、通信魔道具の一つが鳴った。
すぐにマーチェが応答し……その表情が、ニヤリというものに変わる。
「どうした?」
「第二の餌に、得物が掛かった」
「……そういえば、ナートとヘッグって、何してる?」
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