十九万 襲撃 狂人
王女の魔力漏出症が治ったことは、すぐに人類圏全体に広がった。
そして、それを成したのがエルシオン商会であったことも。
新聞にデカデカと掲載されたお陰か。
いつもは別の商会を利用している人が、興味を持って店に入って来た。
独特な商品が話題となり、街で大きな話題となった。
人が人を呼び、流れが形成される。
さらに、ここが稼ぎどころと見たマーチェが、『王女殿下の病気が治った記念』とか適当な理由で大セールを始めた。
一つ一つの利益は下がるも、大商会との値段差が無くなったことで『もう全部エルシオンでよくね?』となり、一大ブームを迎えた。
そんな中、ヴァルは――
「イノシシの塩焼き、上がりました!」
「次、リンゴのパフェ!」
「はい!」
エルシオンの高級レストランで、料理を作っていた。
「あれ、俺どうしてこんなことしてんだっけ」
「料理人の数が足りんからや」
ブームによって来客人数が爆発的に増えた結果、シェフがぶっ倒れたらしい。
その補填として、そこそこ料理ができるヴァルが駆り出されたのだった。
もちろん、そのままの腕では高級料理店で出せるものではないので、一日五万で腕を底上げしてある。
「別に料理は嫌いじゃないけど、一日中作り続けるのは嫌だ!」
「ええやん。美味いし」
「……そんなこと言われたらやるしかないだろ!」
フライパンに鮮やかな火が灯った。
◇
違和感。
ヴァルがシェフになって、十数日が経った。
まだブーム真っ只中なので、それ自体は特に不自然でも無いのだが――
「そろそろ腹減ってきたわ。何か作っとくれ」
「……ああ」
マーチェが、ヴァルの店から全く離れようとしない。
忙しいハズなのに、ワザワザ全ての書類を店に運ばせ、来訪人も全てこっち来させる徹底ぶり。
この数日、彼女は店から一歩も出ていない。
「どうして店から出ないんだ?」
「そりゃ、ヴァルの料理を食べたいからな」
「料理の方を運ばせればいいだろ。どうせ猫舌で、出来立てなんて食べれない癖に」
「……もう夜も遅い。はよ作っとくれ」
商人に舌で勝てるハズもなく、はぐらかされてしまった。
他の追及方法を考えつつ、自分の分も含めて間食を作る。
もう時刻はもう明け方。店にはヴァルとマーチェしか残っていない。
ソースに口をつけて味見をし……問いかける。
「……カリバーンって、どこにある?」
「調理場の奥に立て掛けてあるよ。いつものポーチも一緒にな」
「あれ、そんな所に置いたっけ?」
疑問を持ちつつも、シェフのエプロンと帽子を脱いで、カリバーンとポーチを身に着けた。
「この机って幾らするんだ?」
「高級品やから、十数万はいくよ」
「じゃあ、なるべく壊さないようにしないとな」
呟きながら、一応カリバーンの方を抜剣してマーチェの方に近寄る。
彼女を守るように立ち、リサから貰った拳銃の撃鉄を降した。
そのまま、目をつぶって気配を察知し、
「そこ!」
パン!
「ヴッ」
ヴァルは突然店の一角に銃を撃った。
虚空に穴が開き、何もない空間から出てきた黒ずくめの男が、足を抑えて床に倒れ込む。
「何だコイツ、暗殺者か?」
「ヴァル!」
「ッ!」
ザン!
カリバーンが虚空を裂き、同じような格好の男が地に伏す。
襲撃者は一人では無かったらしい。
マーチェを守りやすいように壁に背を付けさせ、彼女を庇うように構える。
奴らは、もう透明化している意味が無いと思ったのか、透明化を解除していた。
倒れてる二人は除外して、あと三人。
「俺から離れんなよ」
「……ああ」
「……」
奴らは、無言で一斉に襲い掛かって来た。
得物のナイフが照明の光を反射する。
その視線からして、狙っているのはやはりマーチェか。
「クッ」
右手だけでカリバーンを持ち、左の拳銃で左翼の奴を狙う。
片手だけの不安定な狙いだが、まだレベルの低い〈照準補正〉を五千ランで強化し、右肩を撃ち抜いた。
残りは二人。仲間がやられたのを見ても、動揺一つ見せない。
接近戦では使いにくいので、拳銃を放り、両手で剣を握る。
同時に二人を狙った横薙ぎ一閃を、一人は伏せて、一人は跳んでそれを躱した。
伏せた奴は加速。跳んだ奴は天井を足場にし、ほぼ同時に二本のナイフが振るわれる。
「ッ――」
足を狙った伏せた方のナイフを仕込み靴で止め、天井の奴のナイフをカリバーンで弾いた。
そのまま、まだ得物を持っている伏せた奴の背中を切り裂き、最後に残った奴に一発食らわせ、戦闘を終了させた。
まだ銃を一発食らっただけの奴は動けるだろうが、とりあえず振り返ってマーチェの安全を確認する。
「大丈夫か?」
「ああ、傷一つついとらん。それより……
「……何言ってんだ?」
マーチェには少し倫理観が壊れてるところがあるが、簡単に殺すなどと言う奴ではない。
働きすぎで疲れているのだろうか。
「殺さないよ。騎士団に突き出すだけだ」
「コイツらはウチを殺そうとしたんやぞ」
「だから、
「……ッ!」
「おい!」
急にマーチェが駆け出し、ヴァルが放った銃を拾って暗殺者の一人の頭に向けた。
撃鉄は降ろしっぱなし。
流石に引き金を引くのは少し躊躇ったが、直ぐに気を取り直し……ガッ。
「なんッ!」
「……俺にしか撃てないように設定されてるんだよ」
「クソッ!」
それでもマーチェは止まらず、銃の角で殴ろうとし……気配。
「伏せろ!」
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