十九万 襲撃 狂人

 王女の魔力漏出症が治ったことは、すぐに人類圏全体に広がった。

 そして、それを成したのがエルシオン商会であったことも。


 新聞にデカデカと掲載されたお陰か。

 いつもは別の商会を利用している人が、興味を持って店に入って来た。

 独特な商品が話題となり、街で大きな話題となった。


 人が人を呼び、流れが形成される。

 さらに、ここが稼ぎどころと見たマーチェが、『王女殿下の病気が治った記念』とか適当な理由で大セールを始めた。

 一つ一つの利益は下がるも、大商会との値段差が無くなったことで『もう全部エルシオンでよくね?』となり、一大ブームを迎えた。



 そんな中、ヴァルは――


「イノシシの塩焼き、上がりました!」

「次、リンゴのパフェ!」

「はい!」


 エルシオンの高級レストランで、料理を作っていた。

 

「あれ、俺どうしてこんなことしてんだっけ」

「料理人の数が足りんからや」


 ブームによって来客人数が爆発的に増えた結果、シェフがぶっ倒れたらしい。

 その補填として、そこそこ料理ができるヴァルが駆り出されたのだった。

 もちろん、そのままの腕では高級料理店で出せるものではないので、一日五万で腕を底上げしてある。


「別に料理は嫌いじゃないけど、一日中作り続けるのは嫌だ!」

「ええやん。美味いし」

「……そんなこと言われたらやるしかないだろ!」


 フライパンに鮮やかな火が灯った。





 違和感。

 ヴァルがシェフになって、十数日が経った。

 まだブーム真っ只中なので、それ自体は特に不自然でも無いのだが――


「そろそろ腹減ってきたわ。何か作っとくれ」

「……ああ」


 マーチェが、ヴァルの店から全く離れようとしない。

 忙しいハズなのに、ワザワザ全ての書類を店に運ばせ、来訪人も全てこっち来させる徹底ぶり。

 この数日、彼女は店から一歩も出ていない。


「どうして店から出ないんだ?」

「そりゃ、ヴァルの料理を食べたいからな」

「料理の方を運ばせればいいだろ。どうせ猫舌で、出来立てなんて食べれない癖に」

「……もう夜も遅い。はよ作っとくれ」


 商人に舌で勝てるハズもなく、はぐらかされてしまった。

 他の追及方法を考えつつ、自分の分も含めて間食を作る。


 もう時刻はもう明け方。店にはヴァルとマーチェしか残っていない。

 ソースに口をつけて味見をし……問いかける。


「……カリバーンって、どこにある?」

「調理場の奥に立て掛けてあるよ。いつものポーチも一緒にな」

「あれ、そんな所に置いたっけ?」


 疑問を持ちつつも、シェフのエプロンと帽子を脱いで、カリバーンとポーチを身に着けた。


「この机って幾らするんだ?」

「高級品やから、十数万はいくよ」

「じゃあ、なるべく壊さないようにしないとな」


 呟きながら、一応カリバーンの方を抜剣してマーチェの方に近寄る。

 彼女を守るように立ち、リサから貰った拳銃の撃鉄を降した。

 そのまま、目をつぶって気配を察知し、


「そこ!」


パン!


「ヴッ」


 ヴァルは突然店の一角に銃を撃った。

 虚空に穴が開き、何もない空間から出てきた黒ずくめの男が、足を抑えて床に倒れ込む。

 

「何だコイツ、暗殺者か?」

「ヴァル!」

「ッ!」


ザン!


 カリバーンが虚空を裂き、同じような格好の男が地に伏す。

 襲撃者は一人では無かったらしい。


 マーチェを守りやすいように壁に背を付けさせ、彼女を庇うように構える。

 奴らは、もう透明化している意味が無いと思ったのか、透明化を解除していた。

 倒れてる二人は除外して、あと三人。


「俺から離れんなよ」

「……ああ」

「……」


 奴らは、無言で一斉に襲い掛かって来た。

 得物のナイフが照明の光を反射する。

 その視線からして、狙っているのはやはりマーチェか。


「クッ」


 右手だけでカリバーンを持ち、左の拳銃で左翼の奴を狙う。

 片手だけの不安定な狙いだが、まだレベルの低い〈照準補正〉を五千ランで強化し、右肩を撃ち抜いた。


 残りは二人。仲間がやられたのを見ても、動揺一つ見せない。


 見たこともない武器拳銃に困惑していたようだが、そろそろネタも割れてきた頃だろう。

 接近戦では使いにくいので、拳銃を放り、両手で剣を握る。


 同時に二人を狙った横薙ぎ一閃を、一人は伏せて、一人は跳んでそれを躱した。

 伏せた奴は加速。跳んだ奴は天井を足場にし、ほぼ同時に二本のナイフが振るわれる。


「ッ――」


 足を狙った伏せた方のナイフを仕込み靴で止め、天井の奴のナイフをカリバーンで弾いた。

 そのまま、まだ得物を持っている伏せた奴の背中を切り裂き、最後に残った奴に一発食らわせ、戦闘を終了させた。


 まだ銃を一発食らっただけの奴は動けるだろうが、とりあえず振り返ってマーチェの安全を確認する。


「大丈夫か?」

「ああ、傷一つついとらん。それより……殺さんのか?・・・・・・

「……何言ってんだ?」


 マーチェには少し倫理観が壊れてるところがあるが、簡単に殺すなどと言う奴ではない。

 働きすぎで疲れているのだろうか。


「殺さないよ。騎士団に突き出すだけだ」

「コイツらはウチを殺そうとしたんやぞ」

「だから、相応ふさわしい罰を与えてもらうんだろ」

「……ッ!」

「おい!」


 急にマーチェが駆け出し、ヴァルが放った銃を拾って暗殺者の一人の頭に向けた。

 撃鉄は降ろしっぱなし。

 流石に引き金を引くのは少し躊躇ったが、直ぐに気を取り直し……ガッ。


「なんッ!」

「……俺にしか撃てないように設定されてるんだよ」

「クソッ!」


 それでもマーチェは止まらず、銃の角で殴ろうとし……気配。


「伏せろ!」

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