十八万 薬という名の毒

 一日後。エルシオンは完成した薬を王女様に届けるため、王都へ向かっていた。


弟子スズカはどうしたんだい?」

「あの子はもう俺が鍛えなくても大丈夫さ。……あと一、二回やってたら一本取られそうだったし」

「それは光栄なことでは?」

「弟子に負ける師匠なんて居ないんだよ。『旅から帰ってきたら越されてた』とかなら分かるけど、一月模擬戦してたら負けるって……な」


 刀を持った侍は、本当に強かった。

 片刃なので機能的には劣化しているハズなのに、どうしてあんなに変わるのか。


「きっと侍の魂が疼いているのさ」

「なんだそれ」

「キル!」


 みんなを乗せているヘッグが鳴き、前方に王都の城壁が見えてきた。

 商会の通行証で検閲をパスし、中に入る。


 そこには、一人の人物が控えていた。


「待っとったぞ。久しゅうな」

「姉さん!」


 ナートがヘッグから飛び降り、マーチェに抱きついた。


「無事でよかったです」

「大げさな。まだそんな段階ちゃうよ」


「キル……あの人誰?」

「いつも金属をくれる人だ」

「君がヘッグちゃんかい? 話は聞いているよ。ほら、君の大好きな錆びた剣だ」

「キル!」


 人型になったヘッグが、錆びた刃物をバリバリと食らう。

 錆は体に悪いのではとも思ったが、ヘッグ曰く『甘酸っぱくて美味しい』らしい。

 ヴァルとしては、安上りで済んで助かっている。


「ほー。かわええなぁ」

「……絶対に売らせないからな」

「そんなことせえへんよ。じゃあ、そろそろ行こか。アポはもう取ってある」

「どこに?」


 マーチェは振り返り……王都の頂上を指さして、笑う。


「王城や」





 再び馬車を走らせ、王城に辿り着いた。


 マーチェが話を通していたらしく、軽い荷物検査と悪性判定だけされて通される。

 衛兵に囲まれながら、荘厳とした雰囲気の廊下を歩いていった。


「いきなり王女殿下に不審なものを献上するわけにはいきませんので、まずは同じ魔力漏出症の志願者に薬を振る舞ってもらいます。二人分の準備はありますか?」

「問題ないよ。数人分は用意してある」


 近衛騎士長の質問に、リサが答えた。


 試飲する市民は、王女にもたらされる謎の物質を嚥下することになるが……どちらにしろ魔力漏出症では数か月で死ぬことになってしまう。

 それなら、毒を飲む可能性があったとしても、本物の薬が無料で得られることに賭けて名乗り出る者もいるか


 そんなことを考えているうちに、志願者がいるらしい部屋に着いた。

 中にいたのは、十代前半くらいの小さな少女。

 親に勧められてきたのだろうか。緊張した面持ちで、ヴァル達が入って来るのを見つめている。


「……あなたたちが、私のお薬を――」

「ああ、そうだ。心配ない、うちの研究者は優秀だ。そのオモチャはアイツが作ったんだぞ」

「本当?」 


 協力者にはある程度の待遇をしているらしく、彼女が寝転んでいるベットの周りには多数の絵本やオモチャが転がっていた。


 それと薬の製造は全く関係ないが、子どもを安心させるには十分だろう。

 事実、先ほどまでの緊張は緩くなり――


「じゃあ、これを飲みたまえ」

『ちょっと待て!』


 リサの取り出した深緑色の禍々しい液体を見て、すぐにその緊張は戻った。


「ちょーっと待っててね」

「……」


バタン!


 勢いよくドアを閉じ、作戦会議を繰り広げる。


「何だその液体は! 毒と言われた方がまだ納得がいくぞ!」

「まあ、一種の毒だからね」

「おいおいおいおい!」

「一応、説明してもらおか」

「やれやれ。仕方ないねぇ」


 そうして、リサは薬の説明を始めた。


 まず、魔力漏出症の正体は、体に巣食う寄生虫のようなものらしい。

 それは魔力を食い物としているので、宿主の魔力が減少する。

 放っておくと増殖するため、段々と魔力の減少速度が上がる。

 そして、寄生者の魔力に順応するので、滅多に伝染したりはしない。


 リサが作った薬は細菌のようなもので、寄生虫を最優先として攻撃をする。

 それがいなければ人体の方を攻撃してしまうが、そのパワーは弱く、数日で死滅してしまうらしい。


「……何言ってんのか分っかんねえ」

「要するに『体で暴れる小さな小さな生物を、同じく小さな生物を投入して倒そう』ということさ。なに、数日は倦怠感があるだろうけど、それだけだ」

「なるほど?」


 まだ完全には理解できていないが、効きそうなことは分かった。


「……もう、飲ませてみるしかないか」

「……せやなぁ」

「ちなみに味はものすごく苦い。ピーマンの三十倍は苦いね」

「多分それ俺でも飲めないぞ。あんな子には無理だろ」


「……飲む」


 少女の声が聞こえ……いつの間にか開いていたドアから、少女が顔を出していた。


「い、いいのか? ピーマンの三十倍だぞ」

「うん。家族が……ママが待ってるもん」


 その目には、揺るぎない覚悟があった。

 得体のしれない毒を飲む、覚悟が。


「よし、頑張れ。生き残ったら、美味しいものを食わせてやる」

「うん。頑張る」


 リサが症状の進行具合を見て薬の適量を見極め、できるだけ毒にもなる細菌を少なくする。

 少女は、コップに注がれた深緑色の液体を見て躊躇し――一瞬ヴァルを見て、一気に嚥下した。


「ヴッ!」

「頑張れ!」


 体の中で、毒と毒が戦う。

 体温が上昇し、大量の汗が流れ、目を見開く。


「間違いなく効いている。よく水を飲め。死んだ菌は老廃物と共に出る」

「聞いたか? 沢山水を飲め! ヘッグ、コップ!」

「分かった!」


 人型になったヘッグが金属のコップを作り、ヴァルが二千ランで水を作って、半ば強制的に飲ませる。



 水を飲み、汗を拭い。

 数十分後には、呼吸が安定し、受け答えもできるようになっていた。


「どうだ? 魔力は減ってるか?」

「多分……減ってない」

「当然だよ。この私が作ったんだから」


 あんなもので、といったら何だが、本当に完治したらしい。



「さて、どうする? まだ遅効性の毒が入っとったり、後遺症が残ったりする可能性もあるんやけど」


 近衛騎士長は、少し考えてから、


「……いいでしょう。殿下に残された時間も多くはないですし、他に手もありません」

「そうかい。薬は私が飲ませよう。適量は私にしか分からないからね」

「……もし不審な行動を取ったら――」

「しないよ」



 リサは騎士達に囲まれながら、城の奥へと消えていき……数十分後。

 少女をあやしていたヴァル達に、吉報を持って帰ってきた。


「無事終わったよ。今は寝ているが、魔力の減少は止まっている」

「ようやった。そんで、報奨金はいつ貰えるんや?」

「まだ完治したとは限りませんので、倦怠感が消えてから――」

「まあええわ。そっちの方はあんま期待しとらんし。それより、頼みがあるんや。とりあえず文官を出しとくれ」


 『ここからが本題』というように、マーチェはニヤリと笑った。



「王女の病気は治った。あんたらは、薬の募集が終わった旨を、新聞なんかで広げんとあかんやろ?」

「まあ、そうですけど」

「何、その文章にとある内容を入れたいだけや」

「……その内容とは?」

「『薬を作ったのはエルシオン商会だった』」

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