二十二万 つり

 その夜。

 エルシオン商会の伐採場から、一つの影が飛び出した。

 黒装束の一人が、拘束を解いて脱出したのだ。


「よし」


 見張りがいないことを確認し、夜の森に入って逃げる。

 そして、それと同時に動き出す三人。


「行ったね」

「そうでなくては困ります。ワザと逃がしたのですから」


 この手の者達は、大体こういう時の合流場所を用意している。

 こいつを餌にすれば、雇い主を知っている上の者を釣れるかもしれない。

 自白剤で聞き出しても良かったが、迎えの人間が出て来るか分からないため、本当に一人を逃がすことにしたのだ。


「さてヘッグ、追跡できるかい?」

「うん。付いて来てー」


 逃がした奴には、リサが合成した特殊金属を飲ませてある。

 金属の匂いを敏感に察知できるヘッグなら、犬のようにその位置を把握することができるのだ。


 ヘッグを先頭に、逃がした奴とほぼ同じルートを辿る。

 足の遅いヘッグとリサが一緒なので、少し遅れているが、奴はほぼ一日囚われていたことで弱っている。

 そこまで苦労することなく、追跡することができた。



 木の根を跨ぎ、魔物を避けながら、西へ西へと歩いていく。


「この方向は王都だね。やっぱり、活動拠点は王都か」

「よくもまあ夜の森を、コンパスも無しに進めますこと」


 奴はしっかりとした足取りで、森の中を進んでいる。

 もしかすると、慣れているのかも――


「止まって」


 ヘッグの言葉で、二人は歩みを止めた。


「どうしたのですか?」

「あっちが立ち止まって動かない」

「……ちょっと遠くから様子をみてみるよ」


 リサが近くの木に登ろうとし……一人では登れず、ヘッグの助けを借りた。

 黒装束がいるという地点を望遠鏡で覗き、様子を確認する。


「木の根に座って、休憩しているね」

「それにしては長いような……」

「シッ!」


 リサの優れた観察眼が、微かな地面の動きを発見した。

 そこに、透明人間がいる。


「お迎えが来たみたいだ。ナート、何を言っているか聞き取れるかい?」

「……ここでは無理なので、少し近づいてみます」


 スッとナートの姿が消え、奴らの方に近づいていく。


「何故失敗した?」

「相手にも手練れがいまして……」

「そうか」


ザクッ


 急に透明な方が動き、捕まっていた黒装束の胸に刃を刺した。


「どうし、て」

「任務失敗の罰だ。無能はいらん」


パァン!


 止めを刺そうとしたところに、乾いた銃声が響き、虚空から血が吹き出した。

 透明化が解除され、肩を抑えた男が姿を現す。

 そして、攻撃が弓の類と察したのか、すぐに木でリサからの射線を切った。


「……追跡されていたのか。つくづく無能な」

「シッ!」


 ギン!


 近づいていたナートのナイフは、同じナイフで止められた。

 さらに二回三回とナートと互角に切り結ぶ。

 九人の始末を任されるだけのことはある。かなり強い。

 しかし、今は三対一。


「キル!」


ガッ


 奴が射線を切るのに使った木に、ヘッグが拳を叩きつけ……木を貫通して、奴の腹に金属の棘が刺さった。


「グッ」

「終わりです」


 急な刺激に体勢を崩したところに、ナートのナイフが肩から胸にかけて大きな傷をつけた。



「殺してはいないだろうね?」

「当然です。色々と聞いておかなければなりませんから」


 応急手当だけ施し、手足を縛って運んでいく。

 ……刺された方は、もう手遅れだった。



「さて、まずは君の所属する組織について話してもらおうか」

「虚英団。王都の暗殺を請け負う、闇組織」

「規模は?」

「三十人程度」

「……今回の依頼主は?」

「エストト」

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