十五万 侍刀

 翌日。

 リサは薬開発をしているが、ヴァル達はやることが無く、休日として寝過ごすところだった。


「すみません、剣を教えて下さい」

「……何で?」

「すみませんすみません」


 そこに訪れたのが、昨日助けたパーテンダーのスズカだった。


「剣を教えるって、俺は【剣士】系統じゃないぞ」

「き、昨日のエレファイトとの戦いを見ました! 私には分かります、あなたは剣の達人ですね」

「まあ、割と自信はあるけど……独学の雑剣だぞ」

「そ、それでも良いです、是非教えて下さい!」

「……あー」


 スズカの意外に強い押しと上目遣いに負け、教えることになった。



 街から出て少しのところで、鉄剣を抜く。


「俺は教え方なんざ知らないから、実戦で教える。掛かってこい」

「は、はい」


 少し離れたところで向かい合い、スズカも剣を抜いた。


 ヴァルのレベルになると、剣を向け合った時点でなんとなく相手の実力が分かる。

 パッと見た感じは、悪くない。

 しかし……どこか甘い。


「行きます。ヤアア!」


ギン!


 上段からの直上の振り下ろしを鉄剣で止めた。

 ギリギリと鍔迫り合いの状態になり……ヴァルは一瞬の隙を突いて腹を蹴り飛ばした。

 体勢を崩して、尻もちをつく。


「いつでも蹴れるように、足は柔らかくしとけ」

「は、はい」

「じゃ、次」


キン!


 今度はヴァルから斬りかかり、それをスズカが受け止める。


キン! キン!


 そのまま斬り合いに移行し、攻撃と防御を代わる代わる繰り返す。

 太刀筋は悪くない。一生懸命に稽古してきたのがよく分かる剣だ。

 だが、相手が悪い。


「ほいっ」

「え!?」


 シズカの剣を、ヴァルは素手で止めた。

 片手で白刃取りし、自分の剣をシズカの首に突きつける。


「ほ、本当に人間ですか?」

「剣を誘導しただけだよ。軌道が読めてれば難しいことじゃない」

「……何言ってるんですか?」


 人外を見る目で見られ、少し傷つき……厳しくすることを決めた。


「立て、まだやるぞ。スキルも使ってこい」

「は、はい。〈縮地〉」


 立ち上がったスズカは剣を構え直し、地を滑るように高速移動して、ヴァルに迫る。

 一瞬ヒヤリとしつつも、すぐにその姿を捕らえた。


「〈ツバメ返し〉!」

「……」


 斜め上からの鋭角一閃。

 間合いギリギリで振られた剣を一歩引いて避け……スズカはもう一歩踏み込み、刃を反転させる。

 避けられないと判断したヴァルは、剣の勢いがつく前に、靴で踏みつけて止めた。


「……」

「仕込み靴だ」


 そのまま剣を足で押さえつけ、またもや首に剣を突きつける。


「スキルを使えるようになったからって、安易に使うな」

「う、うぅ」

「あと、この仕込み靴は軽い上に固い、高性能品だぞ。お求めならエルシオン商会にて七千ランから――」

「……今度買っておきます」

「いや、押し売りでは無いからな?」



 その後も、ヴァルはスズカをボコボコにし続けた。

 自分でもどうかと思うくらいにボコボコにし続けた。

 しかし、スズカはそれに食らいついた。

 何度打ちのめされても、涙を流しながらも、剣を振るい続けた。



「もう一回!」

「いや、一旦休め」


 もう服はドロドロに汚れていて、息も絶え絶えだ。

 休まなければ、大怪我にも繋がる。


「水はあるか?」

「あ、あります」


 木陰に座り、水をあおる。

 ヴァルはその様子を見届け……今のうちに、先ほど感じた違和感について調べることにした。


「ちょっとその剣、見せてくれない?」

「はい、どうぞ」

「……怯えんなよ」


 スズカが剣を振っている姿に……というかその剣に違和感を覚えた。


 怯えられていることに悲しみつつ、彼女の剣を見る。

 普通の鉄剣だ。普通に重いし、普通に斬れる。なんなら、ヴァルの鉄剣よりは上物かもしれない。

 

「うーん、ちょっと持ってみてくれ」

「……?」


 ズズカが剣を持ち……やはり、違和感。

 試しにヴァルの剣やカリバーンを持たせてみたが、それは変わらない。


「何だろう、何か気持ち悪い」

「ふえええぇ……」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「剣という概念に違和感があるんじゃないかい?」

「キル」


 声が聞こえてきて振り返ってみると、そこには、ヘッグとそれに乗ったリサがいた。


「お前、薬研究はどうしたんだ」

「今は反応を待っている最中だよ。経過はナートに見てもらっている。そんなことより、面白い実験がしたくてね。ヘッグ」

「キル」


 ヘッグが金属変形を始め……不思議な形の剣が生み出された。

 片方にしか刃が無く、歪曲しており……どこか芸術的な雰囲気を感じる。


「サーベルだっけ?」

「いや、刀、というヤツだ。とりあえず、これに着替えてみておくれ」

「こ、ここでですか?」

「ヴァル、今すぐ明後日の方向を向くか、調合に失敗した薬品を目に浴びるか、どちらか選びたまえ」

「選択肢じゃないだろ、それ」


 目を潰されるなんてまっぴらなので、素直に明後日の方向を向いた。

 それでも絹が擦れる音が聞こえてくるので、ポーチを目の前に持ってきて、ジャラジャラと鳴らしながら整理をする。


 少し手間取ったようで、しばらくしてからリサの『終わったよ』という声で振り向いた。


 斜めにかけた白いシャツに、規則的な折り目が入った長いスカート。

 彼女の服装は、普通の動きやすい服装といったものから、変わったタイプの着物になっていた。

 さらに、長い黒髪は頭の後ろで結ばれ、どこかキリっとした印象を受ける。


「似合ってるんじゃないか? なんか違和感が無い」

「あ、ありがとうございます。それで、これにはどのような意味が――」

「ただの雰囲気作りだ。これを持ちたまえ」


 着替えたスズカに、ヘッグが作った刀を渡した。

 それもまたしっくりときて……さっきまでの違和感はどこかに消えていた。


「おー」

「【侍】にははかまと刀って、太古の昔から決まっているからねぇ」

「はえー。【科学者】の力で分かったのか?」

「まあ、そんなところだ」


シャ シャ


 スズカは二、三回素振りをし、近くの枝に刀をあて……両断した。

 ヘッグが作った刀は、まだ慣れていないせいか所々の作りが甘く、決して名刀とは言えないのだが、それでも凄い切れ味を誇っている。


「……もう一度、お願いします」

「来な」


 今度は、同時。

 二人とも駆け出し、剣と刀が衝突する。


ギン! ギリギリ


 鍔迫り合いの状態になり……さっきよりも、力が強くなっている。

 競ってる位置が低いので、蹴りも有効とは言えず。

 一旦相手の力に身を任せて後方に退き、スズカはそれを追撃する。

 下がりながら斬り合うが、それだと力が乗せづらく、さらに押されるようになる。


「クッ!」


 一気に後ろに跳び、生えていた木を足場にして、一転攻勢。

 切先をスズカの首に合わせて神速の突きを放つが、寸前に刀で軌道を逸らされてしまった。

 しかし、その時。ヴァルは力に任せて剣を捨てた。


「え!?」

「……」


 動揺しながらも下がりながら振るわれる剣を躱し、掌打の手を作る。

 同時に銀貨を二枚消費し、効果を一般的なものまで高め、


「〈縮地〉、ハッ!」

「ッ!」


 見よう見まねで発動させたスキルで距離を詰め、シズカの鳩尾に掌打を叩き込んだ。

 完璧に入ったそれは、シズカを転倒させ、咽させる。


「ゲホッ、ゴホッ!」

「できるだけ復帰は早くしろよ」

「それより、剣術の修行で素手のインファイトというのはどうなんだい?」

「最善手を選び取っただけだ。別に俺は剣士じゃない」


 それと……ただ単に、手が抜けなかったというのもある。

 二千ランを消費してまでスキルを使ったのも、そういうことだ。


「にしても、得物が違うだけでそこまで変わるとはねぇ。興味深い限りだ」

「はい。この刀――」

「ああ、いい値で売ってあげるよ。だが、少し待ってくれ。もっと品質を上げてから提供させて頂くよ。では、私は研究があるので、これで。行くよ、ヘッグ」

「キル!」


 いつの間に仲良くなったのか、ヘッグに乗ってリサは去っていった。

 残ったシズカは、また剣を構える。


「もう一度お願いします……師匠」

「……弟子にした覚えはないけど、まあいいや。来な!」



 修行は、シズカの刀が折れるまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る