十四万 銃と侍とパーテンダー
二日後、十本では適正量を発見できず、追加採取することになった。
静かな草原の草が風になびく。
「さぁ、冒険に出発だ!」
「「ちょっと待てや」」
リサを加えて。
「何だい?」
「『何だい?』じゃねえよ! なにナチュラルに混じってんだ!?」
リサは、呆れたように首を横に振り、
「私は二日間も研究室にカンヅメしてたんだよ? 気晴らしに冒険の一つでもしたいに決まってるじゃないか」
「いや、このダンジョンって、結構危ないぞ」
「大丈夫、私もある程度は戦えるからね」
そう言って、鉄の筒が入ったリュックを背負い直した。
ヴァルは無理やりでも帰すつもりだったが、商会のエースを無下にもできず、同行することになった。
ヴァルとナートは徒歩で、リサはヘッグに乗って草原を突き進む。
「重くないかー?」
「キル!」
「おやおや。女性の重量を聞くなんて失礼じゃないか」
「お前はそんな重そうじゃないけど、背中のリュックが重そうなんだよ!」
彼女の背中のリュックはパンパンで、幾つもの鉄筒が飛び出していた。
もし中身が全て鉄だとすると、相当な重量になる。
「大丈夫、合成金属さ。そもそも、そんなに重いなら【
「……お前マッドサイエンティストなの?」
「おっと、これはオフレコで頼むよ。対外的には【科学者】で通してるから――」
「ッ、伏せろ!」
リサの頭を掴んで伏せさせ、飛来した岩弾を鉄剣で切り落とす。
すぐに追撃が来たが、それは立ち上がったヘッグが止める。
「またチーターだな」
「ですね。では、いつもの手順で」
「……一万掛かるけど、仕方ないか」
カリバーンを抜剣して〈飛閃〉を放とうとし……白い布に包まれた手に止められる。
「おいリサ、どうして止めるんだ」
「私に任せておけ」
自信満々に宣言し、リュックの中を漁り出した。
幾つか鉄の部品を取り出し、一瞬で組み立てる。
「ナート」
「はい!」
リサの合図と同時にナートがヘッグの影から飛び出す。
岩弾は霊体化したナートの方を追尾し、一、二発は無駄打ちとなった。
その間に、リサが鉄筒をチーターに向け、
パン
乾いた爆発音が響き、チーターの頭に穴が開いた。
「ヒュゥ。一発一中だ」
「……何だ今の」
「銃、だ。超スーパーデラックス弓と考えてくれればいいよ」
「いや、形状から威力まで、何もかも違うんだが」
銃。
爆発によってえげつない速度で弾丸を撃ちだす武器。
素の上体で標準を合わせるのは難しいらしいが【弓兵】などが使う〈照準補正〉が適応されるらしい。
遠距離攻撃の手段が、大金が必要なヴァルの〈飛閃〉と、イマイチ威力不足、なんなら命中率もそこそこ低いナートの弓くらいしかないエルシオンとは、結構合っているかもしれない。
(もし戦うとしたら、スピードを上げて弾を全て斬るか、防御を上げて受け切るか。……戦闘称号で無い分の、ステータス差で押し切れれば――)
「仲間の倒し方を真剣に模索するのはやめないかい?」
「……勝手に人の思考を読むな」
これなら、足を引っ張ることは無さそうだ。
「はえー。ちょっと見せてくれよ」
「いいけど。取り扱いには注意してね」
そう言って、チーターを撃った細長い銃を渡してくれた。
マジマジと様々な面から、スナイパーライフルと呼ばれるそれを見る。
「この突起みたいなやつは?」
「スコープ、遠くを見るための道具さ。〈観察眼〉と合わせれば、十数キロ先まで見えるよ」
「この、引き金? を引けば弾が出るのか?」
ガッ
試しに上空に向けて引き金を引こうとしてみたが、何かが突っかかって動かない。
「あれ?」
「ああ、私以外には使えないように設定してあるんだ。万一盗まれたとしても、使用できないようにね。どれ」
一旦ライフルがリサの手に戻り、すぐにまた渡される。
もう一度銃口を上に向けて引き金を引くと、さっきと同じような銃声が響いた。
「おお!」
「あまり弾を無駄にしないでくれよ?」
「もう返すよ。……凄いものを作ったなぁ」
「ハハ、ありがとう……私は嫌いだけどね」
「何て?」
「何でもないよ」
何か変なことを言っていた気がするが、はぐらかされてしまった。
◇
「これだけあれば足りるかな」
「さあ。こればっかりは私にも分からない」
エルシオンは数十匹のギョクサイを倒し、帰還途中だった。
今回は大銀貨を多めに持ってきたので、もっと粘れなくもないが、これ以上はヘッグが持てなくなってしまう。
既に、戦闘称号でないリサも、ヘッグから降りて歩いていた。
「ナートー、おぶっておくれ」
「私には索敵の仕事があるので、ヴァルにでも頼んで下さい」
「ヴァルー、おぶっておくれ」
「いいけど、運賃取るぞ」
他愛ない会話をしていたとき。
「キャアアア!」
大きな悲鳴が聞こえてきた。
「……どうします?」
「どれ」
リサが望遠鏡を構え、悲鳴がした方を覗く。
「……冒険者かな? 四人の武装した男女が……後ろ足立ちのゾウに襲われてるよ。助けた方がいいだろうね」
「そんなにヤバいのか?」
「うん、丁度いま一人死にそうだ」
「それはヤバいな! ちょっと行ってくる!」
金貨を二枚スピードに費やし、リサが望遠鏡を向けている方に走る。
すぐに、四人の冒険者パーティと、それを襲う……後ろ足で立っているゾウが見えてきた。
確か、
名前通り、二本足で立ってインファイトを仕掛けて来る。
ゾウの数トンもある重量と、変則的な鼻の攻撃が厄介な、普通に強くてヤバい奴。
そんなエレファイトに立ち向かう冒険者の構成は、剣士、弓兵、魔導士、盾人といったところか。
剣は折れ、盾は半分砕け。
弓兵の矢はもう無く、魔導士も魔力切れと、かなりのピンチになっている。
「パオオオオオオ!」
「……私が引き付ける、みんなは逃げて!」
「そんな!」
剣士と思われる少女が、折れた剣でエレファイトの鼻を受け止めようとし……
パン!
遠方から銃声が響き、鼻の付け根に銃弾が刺さった。
急な衝撃にエレファイトはのけぞり、さらに横入りしたヴァルが長い鼻を切り落とした。
「パオオオオオオオオオオオオオオ!」
「だ、誰!?」
「うーんと……エルシオン商会出張お助けセンターです☆」
「……?」
「今なら特別お助け無料! ご利用なさりますか?」
「お、お願いします」
「はーい、今後ともごひいきに!」
適当な宣伝を済ませ、鉄剣を抜く。
真っ当なファイターなら、金を使わなくても大丈夫だ。
「オラ、来い」
「パオォオオオオオオ」
エレファイトは、巨体さながらのステップを踏む。
まるでボクサーの様だ。
「パッ!」
「っと!」
右足から放たれたジャブを軽くよけ、左足の本命を鉄剣で止めた。
その重量から放たれる拳(?)に少しノックバックするが、刃を殴ったことで奴の足に切れ込みが入る。
「パゥウウウウウ(シュッシュ)」
「来ないのか? じゃあこっちから!」
自分から間合いに入り、左フックを伏せて避ける。
そのまま、腹を斬りつつ、右後ろ足の足払いを跳んで躱し、二閃三閃。
エレファイトは血まみれになるが、その体格から致命傷にはほど遠い。
「やっぱ、破壊力は足りないな」
「パオ!」
「まあ――」
ダァン!
「俺は一人じゃない」
さっきよりも大きな銃声が響き、ゾウの頭から血が噴き出した。
「ナイス」
「ヴァルが足止めしてくれたから、当てやすかったよ」
ナートと、リサを乗せたヘッグが、遅ればせながらやって来た。
「これを」
「ん、サンキュ」
ナートが投げ渡してくれたポーションを、襲われていた四人に与える。
正直、ここまでする義理は無いが……宣伝にもなるし、ここまでして死なれるのもアレだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
「ったく、ダンジョンは実力に見合ったところまでにしろよ」
「その、迷ってしまって……出口ってあっちで合ってますか?」
「違う、真逆だ」
剣士っぽい少女が指した方向は、綺麗に真逆だった。
ヴァルも方向音痴なので、気持ちは分からなくもないが、地図は読めるようになって欲しい。
「……まあ、俺達も帰るところだし、一緒に行くか」
「お、お願いします」
「名前は?」
「スズカ・トウシン……【侍】です」
侍……剣士の下位互換だったか。
独特なスキルは幾つかあるが、剣への強化は剣士より数段低い。
何故か包丁の切れ味は上がるらしく『ステータスは戦闘系なのに料理称号』とか言われてる、可哀そうな称号だ。
「うん、まあ……ドンマイ」
「ほう、君は【侍】なのか」
リサがヘッグの背から身を乗り出して、スズカの顔を覗き込む。
無言で顔や剣をマジマジと観察し……弱気なスズカは泣いてしまった。
「おい、もうやめてやれ」
「済まない、泣かせてしまうとは思わなかった」
スズカにハンカチをあてて涙を拭きつつ、次の弓の人の自己紹介を聞く。
「私は【弓兵】のチェリー・アーチ・アーロメント。見ての通りのエルフよ」
尖った耳に金髪。確かにエルフだ。
エルフは魔王と敵対しており、同じ敵を持つということで、人間と同盟を結んでいる。
普通に人の街に溶け込んでおり、森を管理したり、こうして冒険者をしたりする。
「ほう、エルフか。何歳だい?」
「好奇心に脳を支配されてんのか? エルフに年齢聞くな!」
「僕は【魔導士】レイジ・ファロアっす。今日はありがとうございます!」
「魔導士か。属性は?」
「まだ決まってませんが、多分炎か水か自然か地か、闇か光っす!」
「それほぼ全部だぞ」
魔導士は得意属性によって称号の名称が変化する。
炎なら【紅蓮魔導士】、水なら【蒼穹魔導士】といった具合だ。
十数歳ならもう決まっててもいい年齢だが、まだ決めて無いらしい。
「俺は【
「……もしかして、あの、ダンデ・カティアンですか?」
「あのと言われてもなぁ」
彼は、困ったように禿げた頭をかいた。
ダンデ・カティアン。
二十年ほど前から冒険者として活動しているベテランで、数年ごとにパーティを変え、主に初心者と組んでその手助けをしていることで有名だ。
誰にでもできることではなく、ヴァルは個人的に尊敬している。
「あなたが付いていながら、どうしてあんなことに?」
「……ちょっとした俺のミスだ」
「すみません、僕が地図を燃やしてしまったから――」
自分に非が無いのに、それを庇う。流石。
「あの、できればそちらも自己紹介を――」
「ごめんごめん。俺は【費消士】のヴァル・アスターで――」
エルシオンの自己紹介が終わり。
こうして、エルシオンと――
「そういや、パーティ名は?」
「パーテンダー……レイジさんが語感だけで名付けました」
パーテンダーの付き合いが始まった。
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