十三万 リサ・コトー
「ん!いました!」
「どこだ!?」
ダンジョンに足を踏み入れてから二時間。
途中から強くなってきた魔物に苦戦しつつも、ようやくギョクサイの生息域に入った。
灰色の大きな肉体に、立派な一本角。
ヘッグと同じか、それより大きいサイズのサイが、こちらを見つけたのか足を踏み鳴らした。
「フン!」
ザッザッザッザッザッザ
角を掲げて、突っ込んでくる。
段々と加速し……次第にえげつないスピードとなった。
「退避! 退避!」
「キルー!」
「ッ、三万!」
思いっ切りパワーを強化し、ヘッグを持ち上げ、跳び上がってギョクサイの突撃を躱した。
ナートは霊体化して回避し、ギョクサイはそのまま虚空を走り抜け……足を滑らせて転んだ。
自分のスピードに耐えきれず、頭から地面に突っ込み……粉々に砕け散った。
「……何ですか、アレ」
「ギョクサイだ」
突撃に特化し過ぎた結果、自分の身体すら耐えられなくなり、突撃したら四分の一くらいの確率で自滅する。
正に玉砕。
もちろん、こんなアホな生物が外の世界で生き残れるワケも無く。
直ぐに死んでしまうため、自然発生するダンジョン内にしか生息していない。
「まあ、これなら躱してるだけで――」
「そうもいかないみたいですよ」
ギョクサイの死骸に駆け寄ってみると、その角は粉々に砕けていた。
かなり小さくなっていて、普通の石と見分けがつかない。
薬に使うものに、石を紛れ込ませるわけにもいかず。
「玉砕する前に倒さないとか」
「ですね」
まあ、直情的に突っ込んでくるだけなら問題ない。
強化すること前提で、カリバーンの方を抜く。
「とりあえず、一人でやるよ」
ナートとヘッグを置いて、ギョクサイの生息域を進む。
割と数はいるのか、すぐにもう一体が見えてきた。
「フン!」
「来い」
駆け出す。
加速度的にスピードを上げ、大気との摩擦で少し赤く輝く。
目で観測。
震動とギョクサイのサイズで分かりにくいが、正確に交わる瞬間を把握し――直前に跳ぶ。
チッ
服の端に掠ったが、予想通り。
そのまま、空中で身を捻り……五千。
「スキル強化〈旋斬〉」
キン
ギョクサイの首に切れ込みが入り、加速し切る前に倒れ伏した。
もちろん、角も無事だ。
「ヨシ」
ダンジョンでは魔物の死体は放っておくと消えてしまうので、早めに角と魔石を回収しておく。
すると、待機していたナートとヘッグが近寄って来た。
「練習もしないのに、よくやりますね」
「キルー」
「まあ、こんな感じでやってけば――」
「「フン!」」
二体のギョクサイが同時にこちらを向き、突っ込んでくる。
さすがにヴァルでも一気に二体は無理だ。
「一体は私が引き付けます」
「頼んだ!」
ヴァルとナートは散開し、狙い通り一体はヴァルを、もう一体はナートを追うように駆け出した。
ヴァルはさっきと同じ手順で首を刈り、ナートは自身の素早い動きで突進を避け続けて時間を稼ぐ。
「こっちだ!」
「フン!」
いつまでも突撃に引っかからないナートに業を煮やしたのか、狙いをヴァルの方に変え……途中で転んだ。
加速し切る前だったので、角が砕けることは無く。
背中に乗ったナートが、頭にナイフを刺した。
「不安定ですけど、私でもやれそうです」
「そっか」
「……キㇽ?」
ヘッグが『自分は何すればいい?』とばかりに鳴いた。
重戦車型のヘッグに、命懸けで突撃してくるサイは厳しいだろう。
少し考えて、倒したサイの角を切り取るところを見せた。
「これできる?」
「キル!」
ヘッグは力強く頷き、鋭い牙で角を剝ぎ取った。
とても乱雑なものだが、素材として扱う分には大丈夫だろう。
「じゃあ、任せた」
「キル!」
討伐役:ヴァル
多数の来た時の時間稼ぎ:ナート
角取り:ヘッグ
◇
角を十本ほど手に入れ、大銀貨(5000ラン)が無くなり、無駄に一体に金貨を掛けるのもアレなので、一旦引き上げることにした。
マーチェの指示通り、ダンジョンの近くの街に入る。
街の商会支部、二階の一室。
ここで、角を運ぶ人に渡す。
そう、運ぶ人に。
コンコン
「開いてるよー」
中からの声を聞いて、扉を開くと……そこに居たのは、ブカブカの白衣を着た少女だった。
「やぁ」
「あなた、どうして……」
後ろのナートが、驚いたような声を発した。
「いやぁ、こっちの方が楽だろうとおもってねぇ。それに、興味が沸いたのさ。今活躍している、宣伝部隊とやらに」
「この人誰?」
「私はリサ・コトー。エルシオン商会研究部長の天才科学者さ」
ブカブカな白衣の袖を振って一回転し、ポーズを取る。
低身長なところもあり、とても可愛く見えた。
リサ・コトー。
リサが様々なアイディアを出し、マーチェが生産ラインを整えるという方式で、ここまで昇り詰めたらしい。
「それがギョクサイの角かい?」
「あ、ああ。とりあえず十本」
ヘッグが持ってきた角が入ったバッグを、リサに渡した。
リサはそれを受け取って、ジックリと見る。
「うん、ギョクサイの角だ。よかった、粉々になったのを渡されたらどうしようかと思ったよ」
「……そりゃそうだ」
「これで足りますか?」
「いや、多分足りないだろうね。二日後くらいにまた取りに行ってもらうことになるかも。とりあえず、これを奥まで運んでくれたまえ」
凄く重い角が入ったバッグを、二人掛かりで部屋の中に搬入した。
一息ついて部屋の中を見渡す。
中には、ガラスで作られたよくわからない形の容器、色のついた半透明な液体が並んでいる。
「……なんか実験室って感じだな」
「実験室だからねぇ。もう帰ってくれて大丈夫だよ」
「それより、これだけあっても足りないのですか?」
正直十本でもかなり多い。一本一本がかなり大きく大き目の犬小屋を作れるくらいはある。
これで足りないとは思えない。
そんな考えを見通したのか、リサが一人で喋り出した。
「ギエドラミノキシン酸を中和する水酸化ザセムへミロキシンが欲しいんだが、まだ純粋な水酸化ザセムへミロキシンを作り出す方法が確立していないんだ。けれど、私は原子配列から水酸化ザセムへミロキシンはゼセムアルノキシとへミロイスト糖が――」
「ごめん、ギエドアチノキシン酸のところから分からない」
「一単語目じゃないですか」
「それにギエドラミノキシン酸だしねぇ。まあ簡単に言うと、適正な使用量が分からないから、繰り返し実験するのに沢山必要ということだ」
これから繰り返される地獄のような単純作業を予見してか。
その目は死んでいた。
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