十二万 草原のダンジョン
山賊を近くの町の衛兵に引き渡し、中には賞金首も入っていたのでその報酬を受け取る。
ついでに、その町のギルドで新しい依頼を受注しようとした、その時。
ピリリリリ
ナートの通信魔道具が鳴った。
通信魔道具は二個一対の糸電話のようなもので、決まった相手としか会話できない。
ナートのそれは、姉のマーチェと繋がっているものだった。
スイッチを入れて、会話を開始する。
「どうしました、姉さん」
『緊急事』
「襲撃ですか!?」
殺気。
ただの姉妹の日常会話だと思っていたヴァルは、その重苦しい気配に気圧される。
ナートは足に力を入れて駆け出そうとし、
『ちゃうちゃう、いい意味での緊急事態や。超ハイパーミラクルウルトラビッグチャンスってやっちゃ』
「……それならそうと言って下さい」
殺気が収まり、ヴァルは安心して溜息をついた。
大好きな姉の安否が不安なのは分かるが、それにしてもどこか鬼気迫るような雰囲気があったような気がする。
過去に何かあったのだろうか
『今日の新聞は読んだか?』
「いえ、まだ町に着いたばかりなので」
「ここに置いてあるぞ」
ギルドに暇つぶしとして置かれている新聞を手に取った。
見出しには『魔力漏出症、治療法求む』という文字がデカデカと記載されている。
魔力漏出症とは、その名の通り生きているだけでも魔力が漏出する奇病。
生物は魔力が無くなると死んでしまう。
魔力ポーションで補填できなくもないが、減少速度は加速度的に増えていくので、どう足掻いても発症から三ヶ月で死に至らしめる凶悪な病だ。
発症人数は少な目なので、いままではあまり注目されていなかったが……どんな運命か陰謀か、国の王女様がこの病気を発症してしまったらしい。
そのため『本格的に魔王との戦争が始まる前に、王女が死ぬのは縁起が悪い』とか何とか言って、王様が魔力漏出症の治療法にアホみたいな賞金を掛けた。
「はえー。凄いなぁ」
「けれど、私たちには病気の知識なんてありませんよ?」
『そんなの期待してへんわ。……ここだけの話、リサの奴がもう特効薬までもう一歩ってところまでこぎつけおった』
「本当ですか!?」
『ウチにもよう分からんけど、アイツが言うなら間違いない。けど、どうしても必要な素材が足りんらしいんや』
発表されて間もないにも関わらず、もう既に医療物資が高騰し始めているらしい。
さらに高騰することも予想されるため、転売ヤーまで参入し始め、品薄状態が続いている。
『っちゅーことで、取ってきてもらいたいんや』
「なるほど、事情は分かりました」
「で、何を取ってくれば良いんだ?」
『ギョクサイの角ってヤツや』
◇
「キル!」
「着いたか。ありがとな」
一行は、ギョクサイというサイのモンスターが出現するらしい『草原のダンジョン』というダンジョンに着いた。
地下へと続く洞窟のようなものが、少し開けた森の中に佇んでいる。
『もしかしたら同業者がいるのでは』などと考えていたが、高騰している物資は他にも沢山あるので、ダンジョンに周りの人の流れはいつも通りといった感じだ。
「私はダンジョンは初めてなのですが……どういった場所なのでしょう?」
「……良くわかんない」
「……」
「いや、普通に未解明なことも多いから。『魔物が無限に沸く、不思議な場所』くらいの認識で十分だよ。あとは」
ダンジョンの入口の隣に座っている人に大銀貨(五千ラン)を渡し、代わりに一枚の紙を貰った。
「大体地図を売ってるから、買わないと迷うぞ」
「なるほど」
買った地図を見て、大体の構造を把握する。
階層性ではなくフィールド性。入口から遠のくほど魔物は強くなる。
そして、ギョクサイの出現区域は、かなり遠くの方にあった。
「よし、行こう。道案内は俺がする」
「はい」
「キル」
そう言って洞穴に入っていき……ある境界から、空気が変わった。
少し暑苦しくなり、乾燥する。
そして、洞窟を出た先には……地下なのに青い空。オレンジ色に輝く太陽。腰ほどまである草原。そして、そこを闊歩する魔物たち。
「うん、ダンジョンだな」
「……楽しそうですね」
「いや、何かダンジョンってテンション上がるじゃん」
「キル!」
「ほら、ヘッグもそう言ってる」
「言ってます?」
無駄口を叩きながらも、辺りの様子を伺う。
近くの魔物は、スライム、ゴブリン、子蜘蛛などで、とくに危険な種族は見つからなかった。
「これなら、ヘッグに乗って行った方が良さそうだな。それでいいか?」
「キル!」
快諾してくれたヘッグの背に乗り、草原を駆ける。
ほとんどの魔物は、巨体で力強く走るヘッグを避け、例え向かってきても一蹴するだけだった。
「んー、風が心地いいな」
「ですね」
風を切る感覚。
さっきまで暑かった分、一層風が気持ちいい。
「あれ、こんなところに馬が」
動物園を回るような感覚で、ナートは馬の頭を指さした。
「ああ、それは多分違うよ」
地図を見ているヴァルはそれを訂正し……馬の下半身が見えてきた。
その下半身は、馬ではなく……シカのものだった。
「上半身が馬で、下半身がシカ、ウマシカだ。馬の一番の長所である足を潰した、文字通り馬鹿だ」
「……合成獣の一体ですか?」
「さあ。そこまでは書いてない」
ヴァルも地図に書かれた生態を読んだだけで、こんな馬鹿な魔物は知らない。
おそらく、このダンジョンにしか出現しない種族だろう。
何故なら……外の世界では生き残れないから。
ダンジョンでは魔物が自然発生するので、外の生存競争では生き残れなかった、尖った生態のものも多い。
今回の標的であるギョクサイもその一体だ。
「面白い魔物辞典とか作ったら、売れるかもしれませんね」
「さすがマーチェの妹。チャンスを見逃さな――」
「キッ!」
ダァン!
ヘッグが急に立ち上がり、体内の金属で盾を作って、どこからか撃たれた岩弾を受け止めた。
ダン! ダン!
さらに、二発、三発。
盾に岩が衝突し、ヘッグがよろける。
「大丈夫か!?」
「キ、キル!」
「クソ!」
「迂闊に顔を出さないで下さい!」
チッ
敵の姿を確認しようとしたヴァルの鼻先を、岩弾が掠めた。
「クッ!」
「落ち着いて。地図に情報があるかもしれません」
「……そうだな」
岩の対処はヘッグに任せ、周辺の地図を見る。
ナートと二人でそれらしい記述を探り……見つけた。
チーター。遠距離からホーミング岩弾を撃って来るはた迷惑な奴。チーターの姿をしているが、魔法型で足は速くない。撃っている間は動けない。
「……」
ナートが無言で透明化し――岩弾が腕を掠める。
透明化を見破っているのか、ホーミングと言うだけあって、自動追尾したのか。
透明化は通用しないらしい。
「……チーターがよ」
「それが語源なのでしょうね」
「キル!」
分析の間もヘッグは岩弾を受け続けていた。
盾にはひびが入り、そろそろ厳しそうである。
「しゃーない、一枚使う」
「では、私が陽動します。〈霊〉」
先に霊体化したナートがヘッグの陰から飛び出し、岩弾が透過する。
その隙にヴァルも飛び出し、崖の上に佇むチーターを見据え、金貨を一枚消費してカリバーンを振るった。
「〈飛閃〉!」
「チ!?」
地図の情報通り、撃っている間は動けないのか。
金色の弧閃が、チーターを切り裂いた。
「終わったぞ。大丈夫か、ヘッグ」
「キル!」
「ありがとな」
感謝しつつ、ヘッグの頭を撫でる。
どうやらこのダンジョン、一筋縄ではいかなそうだ。
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