十万 ヘッグ

 数体のワイバーンが撃った火の玉を、水を生成する生活魔法を二万ランで強化して迎撃した。

 何てことない牽制の初手だが、それは戦闘の火蓋が切られたことを意味する。


「クソ、報酬増やせよ!」

「はいはい。では失礼」


 相手にしないといった様子で、ロウィンは頑丈な公民館の中に引っ込んで行った。

 『絶対に正当な報酬は支払われない』という確信はあったが、街が壊されるのを見過ごすわけにもいかない。


「とりあえず、あいつら全員倒すぞ」

「しかし、数が多すぎます」

「なに、広域殲滅は――」


 腰のバッグから金貨を七枚取り出し、消費。

 同時に、カリバーンを抜剣。


「俺の仕事だ。〈飛閃〉」


ザザザザザザザ ザザザザザザザン


 一太刀で六割のワイバーンを消しさり、二割はどこかしらの部位を欠損させた。


「あー。魔石ごと消し去っちまった。さらに報酬が少なくなる」

「後は、一体一体倒しますか」


 ナートは青い炎を纏った矢を飛ばし二体撃墜した。

 負けじとヴァルもパワーを強化して、跳躍力を上げる。

 一跳ひとっとびで近くの家の天井に飛び乗り、さらに跳躍して低空飛行のワイバーンを強襲する。


「ギャ!」

「遅い」


 殴ろうとしたワイバーンの腕ごと、頭を真っ二つに切り裂いた。


 さらにそれを繰り返し、次々と撃墜していく。

 頭もあまり良くないワイバーンだったが、さすがに残った奴らは撤退し始めた。


「一体も逃がさねえ。追うぞ!」

「分かってます」


 こんなゴミみたいな依頼に、これ以上時間を掛けたくない。

 空飛ぶワイバーンを追いながら、余裕がある時に遠距離攻撃で撃墜していく。





 家を超え、街を超え、近くの山に差し掛かった頃。

 ようやく全てのワイバーンを討伐し終えた。


「……これで全部ですかね?」

「さすがにこれ以上いたら知らん。もし生き残ってたとしても、後は街の警備隊でもどうにかなるだろ。それより……」


 ヴァルは、周りを見渡し――


「ここどこだ?」


 現在地が全く知らない場所ということに気づいた。

 木々が密接に重なり合っていて、大きな鳥の巣のような印象を受ける。

 もしかして、ワイバーンの巣だろうか。


「竜種の巣……ということは!」


 巣の中心のような箇所を探す。

 龍種には、キラリと光る宝物を集める習性がある。

 あの数の巣なら……


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 巣の中心には光り輝く宝の山があった。

 硬貨、骨董品、宝石、金の延べ棒などなど。

 売ればいくらになるか、ヴァル達には想像もつかない。


「これなら、今回の損害も補填できそうだな」

「途中からバカみたいに使ってましたからね」

「バカ言うな。……それはそうと、これ、どうやって持ち帰る?」

「……商会の馬車を呼びましょう。スカルム町には支部があったハズなので」


 そう言って、ナートは通信の魔道具を取り出し、事情を説明し始めた。

 その間に、ヴァルは馬車に乗せやすいように宝物をまとめておく。

 

 漁っているうちに、一つ。

 面白いものを見つけた。


「……卵?」


 キラキラと光る小さな卵。

 ワイバーンの卵ではない。作り物だろうか。

 不思議に思いつつ、ジックリと観察していると……卵が胎動し始めた。


「え?」


パキパキ パキパキ


 上部から順々にヒビが入っていき……生まれる。


「キゥ」


 生まれてきたのは……手のひらサイズのハリネズミだった。

 光を反射し、キラキラと光っている。


「かわいいー!」

「キゥ!」

「何が……かわっ!」


 ナートもハリネズミの方を見て……その愛くるしさにあまり変わらない表情が満面の笑顔になる。

 そして、ハリネズミの方は、ヴァルを親だと思っているのか、可愛く擦り寄って来る。

 少しチクチクするが、ほとんど気にならない。


「……ただのハリネズミではありませんね。何という種族なのでしょう?」

「おい、マーチェには言うなよ!? アイツに言ったら絶対売られる!」

「キゥ!」

「ほら、この子も言わないでって」

「……親バカですね」


 通信の魔道具を持ち上げたナートを止め、大きな声で宣言する。


「コイツは俺が育てる!」



 山のふもとまで迎えに来た馬車に、ワイバーンが集めていた宝物を乗せた。

 モンスターの所持品は、身元が分からないものは討伐した冒険者のものになる。

 とはいえ、元の所持者は殺されて奪われたものがほとんどだし、所持者であったことを証明するのも難しいため、ほとんどは残ることになるだろう。


 そして、ハリネズミの親が訪ねて来ることは無い。


「よって、お前はウチの子だ!」

「キゥ!」

「ちょ、チクチクする!」

「私にも触らせて下さい」

「えー」

「キゥ!」


 ナートの方も親だと思っているのか、嬉しそうに彼女の方に行ってしまい、ヴァルは普通に泣いた。

 ナートは、ハリネズミを撫でながら、


「この子の名前はどうします?」

「うーん……ハリネズミヘッジホッグだから、ヘッグとか」

「もっと可愛い名前がいいのでは? ハリーちゃんとか」

「いや、コイツはきっと成長して凛々しい感じになる。だからヘッグだ。お前もヘッグの方がいいよな?」

「キゥ!」


 ハリネズミはしっかりと頷き……ハリネズミの名前はヘッグとなった。


 とりあえず、報酬を貰うためにも街に帰る必要がある。

 かねを入れている背腰のバックにヘッグを入れ、途中に撃墜したワイバーンの魔石を回収しつつ、街への帰路に着く。

 方向感覚が良いとは言えないヴァルとナートだったが、ワイバーンの死骸を辿ることで戻ることができた。


 しかし、街に戻ると。


「……何かワイバーン少ないなぁ」

「魔石が抜かれてる個体もいますね」


 明らかにワイバーンの数が少なく……目ざとい奴が持って行ったらしい。

 死骸が街に転がってるのもアレなので、片づけられてるのはまだ分かるが、魔石だけ抜かれてるのは酷い。


「ワイバーンの宝物が無かったら間違いなく赤字だった」

「せめて、討伐報酬くらいは貰っておきましょうか」



 公民館の中に入り、依頼の主である町長に報酬を貰いに行く。

 期待はしていなかったが。


「どうぞ、依頼料の七万ランです」

「……本当にそれが通ると思ってんのか?」

「私が討伐を依頼したのは十数体だけ。あとは、あなたたちが勝手に倒したものです。まあ、街を守ってくれたのもありますし――」


 五枚、金貨を付け足した。


「少し、色を付けましょう」


 金貨十二枚、十二万ラン。

 ワイバーン百体弱の報酬では無いが……これ以上粘っても、その労力以上になる気はしない。


「はぁ……分かった、金額はこれで納得する」

「そうですか。ではこれで――」


ダン!


 立ち上がって去ろうとした町長ロウィンを、テーブルを叩いて引き止めた。

 そのテーブルは凹んでいたが……イライラしてたから仕方ない。


「待てよ。金額以外にはまだ交渉しておきたいことがある」

「……私も色々と忙しい身なのですが」

「すぐ終わるよ」


 ロウィンは無言で席に戻る。

 仮初の笑顔は、剥がれかけていた。


「で、交渉とは?」

「ん-。まず、お前がこれからすることを言い当ててみようか」

「そんなこと――」

「ワイバーンを殲滅したことを、町民に知らせる」


 当然の帰結。

 討伐を知らせなければ町民はワイバーンの幻影に怯え続け、経済活動も小規模になってしまう。

 町長としては、今すぐにでも知らせたいだろう。


 どうやら、推理は的中していたらしい。笑顔が完全に崩れた。

 別に当てられて不味いことでもないが、精神的に優位に立った。


「……それが何か?」

「別に。ただ、それに少し情報を付け足して欲しいだけだ」

「……」

「俺達のパーティ名は知ってるか?」

「確か、エルシオン――」

「その名前を、ワイバーン討伐を知らせるのに付け足しとけ。……恩着せがましい表現にするんじゃねえぞ。サラッと、けれど印象に残るように、だ」

「……了解しました」




「「はぁ」」


 人通りが少ない広場に出た瞬間、二人から溜息が漏れる。


「こんな感じで良かったか?」

「ええ、上出来です」


 あの話し方は、ナートから指示されたものだ。

 男のヴァルの方が迫力があるということで、その交渉役を任された。

 まあ、その実は交渉と呼ぶほどのものでなく、要求も真っ当でしかなく……ただあの狸村長に一泡ふかせたかっただけだ。


「冒険者も大変ですね」

「こんなに酷いのは珍しいけどな。……さすがに所持金がヤバいから、この十二万ラン貰っていい?」

「いいですよ」

「ありがとう」


 バックの中に十二枚の金貨を入れる。

 今回はあまりに雑に金を切ったこともあり、現在の所持金を確認しておくことにした。


 ヴァルの計算では今回の十二枚と合わせてあと七十八枚はあるハズなのだが――


「七十五枚……ちょっと少ないな」

「これは?」


 その中に、割れてしまって使えない金貨があった。

 ワイバーンを追って跳びまわったのが悪かったのかと思ったが、割れた破片が見つからない。


「どこかに落としたのかな?」

「キゥ」

「何か知らないか、ヘッグ」

「キ」


 気まぐれで聞いてみたが、もちろんその答えは分からない。

 ただ……その背中の針の根元は、金色になっていた。

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