七万 開店

 巨大蜘蛛討伐から三日。新店舗の開店日。

 といっても、準備は前日までに終わっていて、後は開店までの時間を待つだけだ。


「どれくらい来るかな、お客さん」

「それはウチにも分からん。初日やし、もの珍しさで結構来るかもしれんな。……まあ、村一つの売上なんて、たかが知れとる。近くの村まで屋台みたいなのを出すつもりやから、売れなくても問題ないよ」

「そうか」


 そう言われると、少し緊張が解ける。


 時計を見ると、あと数秒で開店だった。


「では、シャッターを上げますね」

「よろしく」


ガラガラガラ


 シャッターが上がり、向こう側の景色が見えてくる。

 そこには……先日の蜘蛛のような、人の波があった。


「……いらっしゃいませ!」

「おー!」

「ハイテク! ハイテク!」


 人々が雪崩の様に入ってきて、楽しそうに商品を手に取る。

 商会の主であるマーチェは働かせないつもりだったのに、すぐに処理飽和で動くことになった。


「ねえ店の人、これ何?」

「これは……何だっけ」

「『けんだま』っちゅーおもちゃや。こうやって、皿に玉を乗せるんよ」

「これは? 紙?」

「……」

「折り紙や……」


 商品は覚えたつもりだったが、いざ店頭に出るとテンパってしまう。

 こうして、ヴァルは無事に商品説明が無い、精算係に回された。

 まあ、渡された金が一瞬で分かるので、割と適任だとは思う。


 ちなみに、エルシオン商会の主力商品は、玩具オモチャだ。

 商品開発部兼研究部に頭の柔らかい人がいるらしく、次々と面白い玩具を作っているらしい。

 それこそ、大商会にパクられても、すぐに次の商品を生み出せる程に。


 それに、最近魔王軍の動きが活発化している。

 もし『明日世界が滅ぶ』と言われたら、どうするだろうか。

 多くの人は、残された時間をできるだけ楽しもうとするだろう。

 そういった理由で、余った貯金を使って、娯楽のためのオモチャを買う人も少なくない。



「320ランです」

「はい」


 大銅貨一枚(500ラン)が渡され、おつりの180ランを集める。

 その間に、お客さんが話しかけてきた。


「あんたが、あの蜘蛛を倒してくれたのか?」

「あ、はい。お――僕だけじゃないですけど」

「……ありがとうな」


 恥ずかしさからか、奪い取るように180ランを受け取って、退店していった。

 その後にも『蜘蛛を倒してくれてありがとう』という言葉が続く。


「優しい世界だなぁ」

「ですね」


 ヴァルとナートの二人が優しい気持ちになっている間。悪い顔をしている者がいた。


「これは……使えるぞ」





「ふぅ、疲れたなぁ」

「でも、良い体験にはなったでしょう」

「まあな。……もしかして、こうなるのを見越してここの従業員を一日遅らせたのか?」

「さあ、どうやろな。そんなことより、面白い話があるんや」


 マーチェは奥からホワイトボードを引っ張り出し、授業をするようにそこに色々と書きこんでいった。


「とりあえず聞こうか」

「ですね」


 ヴァルとナートは聞く姿勢を取る。

 そうして、マーチェは話し始めた。


「まず、今回の件について振り返ってみよか」

「今回の件って……店のことか?」

「いや、蜘蛛のことや。まずは、収支について」


得たもの


・村長からの依頼達成金十万

・蜘蛛の製糸機、魔石


失ったもの


・ヴァルの七万


 それだけ書いて、ナートはペンのキャップを閉めた。


「こんなところですか?」

「こう見ると、普通に得したって感じだな」

「ちゃうちゃう。足りんもんがあるやろ」

「「……?」」


 マーチェは得たものに『村民からの信用』を付け足した。


「……それって、そんなに重要なことか?」

「重要も重要。今日こんなに商品が売れたのは、その信用があったからやと、ウチは考えとる。言ってみれば、蜘蛛討伐は最高の宣伝効果を及ぼしたっちゅーこっちゃ」


 広告費はゼロどころかプラスで、最高レベルの宣伝。

 そう考えると、上手くやったものだ。


「ウチは、この成功を踏まえて、これを繰り返したいと思っとる」

「……今回みたいに、モンスターに襲われている集落を助けて報酬を貰いつつ、エルシオン商会の評判を上げる。そういうことか?」

「せや。特にウチみたいなとこは最初に興味を持ってもらうことが大切やか――」


ダン!


 突然ナートが足を踏み鳴らして立ち上がった。


「私は反対です! 私がモンスター討伐で各地に赴くなら、誰が姉さんの護衛をするのですか!?」

「大丈夫、当分は王都から動く気は無いし、その間に新しい人を雇うから」

「それなら、その人を宣伝に回せばいいでしょう! 私が護衛から外れる理由には――」

「ナート!」


 珍しく声を荒げたマーチェに気圧され、ナートが一歩引き下がる。

 マーチェは、諭すように続けた。


「たまにはウチから離れ。頼れる仲間もおるやろ」

「……」

「それに、今は動乱の時代や。ここで稼がな、他の大商会は抜けへん。……そんなら、ウチらの望みは叶わん。いざという時は呼び出すから、安心していっとくれ。……ナートなら、どこからでも駆けつけてくれるやろ?」

「……はい」


 二人は近い別れを憂い、涙を流して抱擁した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る